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第146話
え??
僕がびっくりして固まっている間に、征治さんはタブレットの電源を切り、ノートパソコンに重ねると、その上に先ほど持ってきた封筒を載せる。
そして僕が斜め掛けしていたショルダーバッグを勝手に開けると、それらをぐいと押し込んでしまった。
どうして!?聞きたくないってこと?
混乱していた僕は、やっと我に返る。だめだ、ちゃんと聞いてもらわないと!このままじゃ、僕は心の支えを失ってしまう。またあの恐怖に襲われてしまう。
僕は征治さんの手の平に文字を書こうと、その手首を掴んだ。
『おねがい すこしだけ』
そこまで書いた時、征治さんは僕の手を振り払い、自分の両手で僕の両手首を掴んだ。まるで、僕に何も言わせまい(字を書かせまい)とするように。
「陽向、もう帰って」
俯いたまま低い声でそう言われ、胸にズキンと痛みが走る。
嫌だ、このままお終いなんて!
僕は懸命に下から征治さんの顔を覗き込む。
征治さん、どうしたの?お願い、僕を見て。
僕の瞳から少しでも気持ちが伝わって欲しいと念を込める。
願いが通じたのか、征治さんの目が僕を捉えた。
征治さん、征治さん。征治さんは僕の大切な人なんです。だから・・・
「陽向、もう、ここに来ちゃ駄目だ」
その一言は十分な衝撃力を持っていた。まるで鳩尾に拳を受けたように息が止まる。
・・・もう会えないってこと?
もう、僕はただイヤイヤと頭を横に振ることしかできない。
何か言葉にして伝えないとと思うのに、征治さんは痛みを感じる程強く僕の両手首を掴んでいて、それがままならない。
右手の人差し指を伸ばして、何とか征治さんの胸に文字を書こうと力を入れるけど、それ以上の力で押し返されてしまう。
だけど、その時僕は征治さんの顔がもう作り物のようではなくなっているのに気が付いた。
「駄目だ。駄目なんだ、陽向。俺には・・・君を愛する資格も、君に愛される資格も無いんだ。
陽向は・・・自分を壊した張本人を忘れたの?」
苦し気に絞り出された掠れ声に、たじろいだ。その隙に背後のドアを開けられぐっと外に押し出されてしまう。
「さようなら、陽向」
呆然としている間に目の前で扉は閉じられ、鍵を掛けられた音がガチャンと廊下に響いた。
何が起きたのか、よく分からなかった。
目の前には冷たく無機質な金属製のドア。
でもドア一枚隔てた向こう側に、まだ征治さんの気配がある。
我に返った僕はドアを開けて欲しくて手でドンドン叩く。征治さん、そこにいるんでしょう?お願い、開けて。
しかし、一度閉じられた扉が開くことはなかった。
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