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第148話

征治さんの、苦しみ? ・・・僕は今まで、征治さんの気持ちをちゃんと考えたことがあっただろうか? 前に征治さんのあんな顔を見たのは、この公園の東屋で初めて会って、謝罪をされ、僕がもう憎まれていないかと問うた時。 僕の頭の中に『何か見落としていることがある』と知らせるランプが点滅しはじめた。 落ち着け、ちゃんと考えるんだ。 僕は寒さからではない震えを止めるために両手で反対の腕を掴んで深呼吸を何度か繰りかえした。 両手首に痛みを感じて確認すると、征治さんに掴まれていた辺りが赤くなっている。 それは、征治さんが押し殺していた感情の起伏を表している様に思えた。 僕たちがまだ恋人同士だったころ。 征治さんはいつも優しい目で僕を見つめて、僕が苦しいときも寂しいときもそっと寄り添ってくれた。とても大切にされていたと思う。 征治さんが僕を本当に愛してくれていたのなら、僕が急に理由も言わずに一緒に小太郎の散歩には行けないと言った時、どう思っただろう? あの散歩は僕たちにとってはただの散歩ではなく、特別な意味を持っていたのだ。それを一度や二度ではなく、毎回その場しのぎの子供の嘘ではぐらかされて・・・ 小太郎が死んだ時だって、きっとまっすぐな征治さんはまさか弟の勝君があんな嘘をつくなんて夢にも思わなかったに違いない。だから僕を犯人だと信じて詰ってしまったんだ。 それに征治さんが僕を信じられなかったのは、僕がちゃんと勝君のことを話さず、一緒に散歩に行くことを拒み続けたから、僕の心が分からなくなっていたのかもしれない。 恋人だと信じていた相手に理由も分からず避けられ、挙句の果てに愛犬を殺されたと思った高校1年生の征治さんは、どんなにショックを受けただろう。 当時の征治さんの心情を思うとキリキリと胸が痛む。 僕のせいだ・・・ 僕がちゃんと征治さんに言わなかったから。僕が真実を告げず口を閉ざしたままだったから、きっと征治さんは何年も苦しみ続けたんだ。 どうせ僕の声は 誰にも届かないなんて決めつけずに、征治さんにだけは分かってもらう努力をするべきだったんだ。 ずっとガラス越しに僕を見ていた征治さん。あの時、征治さんは何を思っていたのだろう。 征治さんに勝君に強引に迫られているところを見られた時。あの時僕が見た征治さんの嫌悪の表情は・・・もしかしたら傷ついた顔だったのかもしれない。

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