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<第14章>   第150話

「・・・暇だな」 予定の無い休日はいつもどうやって過ごしていたんだっけ。 外で長時間読書するには少し寒いかと思いながらも、文庫本を2冊ほど抱えて近所の公園へやってきたのだが、目が文字の上を滑るばかりで少しも描かれている世界へ入っていけない。諦めて本を閉じ、澄んだ空の雲を見上げてみる。 「今頃、陽向はどうしているかな・・・」 勝手にこぼれ出た独り言に苦笑した。 大人になって再会した陽向はとても美しい青年になっていたが、子供の頃には無かった影を背負っていた。 声は相変わらず失ったままだった。その上に新たな心の傷を負ったのか、マスクで顔を隠し首の周りを覆わなければ人前に出られなくなっていた。 最初は征治に対しても強い緊張と警戒心を抱いているのがわかり、それが自分のせいだと分かっていても辛かった。 声色というものが無いので、マスクと長い前髪の間からわずかに覗く両目からしか表情を窺うことができない。大きな黒目がちな眼にはかつての輝きは無く、憂いと諦念が浮かんでいた。それが、どんなに辛い目にあってきた結果なのだろうと思うと胸が痛んだ。 それでも何度か会ううちに少しずつ陽向の強張りがほどけ、瞳に明るさが戻ってきているように感じられ、自分の行動は間違っていなかったのだとほっとした。そして、吉沢の言うように内側の純真さは失われていないのが分かり、嬉しかった。 最初こそ気付かなかったものの、前髪の間から覗く優し気な両目は確かに陽向のそれだった。その目を見つめていると、征治は度々昔の記憶に意識がトリップしてしまい、困った。 まだ二人が幼い恋人同士であった頃の、全幅の信頼と恋情をその大きな瞳にのせて見上げてくる陽向。 可愛いと言うと、耳まで真っ赤になって恥ずかしがる陽向。 会えない間は寂しくてたまらないと言った陽向。 宝物のように大切に思っていたはずなのに、自らその手を離してしまったことへの後悔が今更ながらに湧いてくる。 会うたびに陽向の瞳に自分に対する親しみや懐かしむ色が強くなってくるにつれ、マスクを外して自分には素顔を見せて欲しいと思うようになった。しかし、陽向がそれをまだできないのはやっぱりまだ征治に対し心を許しきれないのだろうなと考え、落ち込む。 それでも、この手を伸ばして陽向を取り戻したいという欲求と衝動が湧きおこるようになった。 しかし、一方でそんなことできるはずないじゃないかと冷静に見ている自分もいる。自分たちはどれだけ陽向を傷付けたと思うのだ。陽向から何もかも奪っておいて、そんな身勝手が許されるわけがない。 それに、陽向には吉沢がいる。 吉沢が今まで傍で見守ってくれていなければ、きっと今の陽向はいない。またこうやって陽向と話し合うきっかけを作ってくれたのも吉沢だ。吉沢には感謝してもしきれない。

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