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第155話

************ 「松平、8階終わったぞ。問題なし」 技術開発担当の責任者である清水が、ESセキュリティーの社員と7階に降りてきた。 「お疲れ様です。こちらも6階は完了で、もうすぐ7階も終わりそうです。あとはこちらでサインしておきますから清水さんお帰りになっていいですよ」 「ふぁー、そうさせてもらうよ。明日の経営会議、何時からだっけ?ぎりぎりに出社しよ」 清水は大あくびをしながら聞く。 「10時からですよ。お疲れさまでした」 お疲れというように手をひらひらさせながら帰っていく清水を見送る。 今夜は定期的に行っている社内のセキュリティーチェックの日だ。定期的とはいっても、その日程は経営陣のトップ層しか知らない抜き打ちで、深夜に行われる。 8階を担当していた顔なじみのESセキュリティーの社員と雑談しながら残りの点検が完了するのを待つ。そうしながらも7階の作業の様子には目を配り続ける。 「どうですか、最近は。お忙しいですか?」 「おかげ様で、仕事は増えてますね。企業さんの意識の高まりっていうのもあるとは思いますが、実際に仕込まれてた機材なんかを発見することも増えてる気がしますねえ。もう最近なんて、小指の爪程の機器も現れて、こっちも必死ですよ」 征治はこういう雑談からも色々得るものはあると思っている。 「そういえば、最近トルネロ社でかなりの情報漏洩があったって業界で噂が流れてました」 「ああ、それ私も聞きました。あそこもユニコルノさんと一緒でテナントさんでしょ。チェックは大変ですよね。清掃業者が怪しいって噂でしたが、あそこ派遣社員の比率が高いらしいから管理もねえ」 産業スパイや人の弱みを握ろうとする輩はどこにでもいる。 とりわけIT業界は新技術のみならず二ッチを狙うアイデアそのものも大切な財産だ。その上、人の入れ替わりが激しいので、色々と気を遣う。 社内のコンピュータ関係は勿論色々な対策が施されているが、単純な盗聴器や隠しカメラも油断できない。今や誰でも持っているスマホやICレコーダーだってその気になればいくらでも利用できるのだが、人事責任者でもある征治としてはユニコルノの社員のことはなるべく疑いたくないところだ。 外部の人間の侵入では、清掃業者の社員を装ってあるいは買収してコンセントや電話の受話器に仕込むと古典的な手法も未だにあるという。 それらをこうやって専門業者に調べさせるのだ。用心深い征治は、それを1社に委ねることなく2社に調べさせる。勿論、そのことを各々には知らせていない。 「夜は企業さんの仕事が主ですけど、最近昼間に個人のお客さんも増えましたねえ。それが結構、見つかるんですよ。もう、誰でも簡単にそういうものが手に入る時代なんですよね。 あ、そういえば松平さんのお知り合い、ご紹介いただいたことがありましたよね。あれっきりご依頼はないみたいなんで、心配はなくなったのかな」 その時7階の点検をしていたES社の社員が作業完了を告げたので、報告を受けてからサインをした。 ESセキュリティーを帰した後、社の戸締りを確認して回る。 陽向から再度の依頼はなかったのだな。もっとも陽向はもう随分前に福岡に転居していて東京にはいないはずだ。 向こうで吉沢とうまくやっているだろうか。幸せに暮らしているだろうか。

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