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第156話
ビルを出ると強いビル風にあおられ、ピンク色の破片が何枚も飛んできた。街路樹のハナミズキだ。もうこれが散る季節になったのか。
タクシー乗り場の看板の陰は吹き溜まりになっていて、ピンクの破片が沢山集まっていた。
『これは花弁に見えるけど、総苞といって葉の変形したものなんだよ』
実家の庭にあった白や赤のハナミズキから散ってきたものを掃除している陽向に教えたことがあったな。
『え?これ花びらじゃないの?こんなに綺麗な色なのに』
まだ小学生の陽向が指でつまんだ一片をしげしげと見た後、大きな目をパチパチさせてこっちを見上げてきたっけ。
『征治さん、物知りだよね。このまえ教えてもらったクジラとイルカとシャチは体の長さで区別されてるって話、学校で話したら友達びっくりしてた。僕ね、征治さんはクイズ番組に出場したらいいと思うんだ。きっと優勝できるよ!』
目をくりくりさせちゃって、あれは可愛かったな・・・
「お客さん、お客さん。着きましたよ」
大きな声で運転席から声を掛けられ、我に返った。
「すいません、考え事していて」
「いえいえ、お兄さんもこんな遅くまで仕事で、お疲れさんだね」
タクシーの運転手に労われ、マンション前に降り立った。
部屋に戻ると、テーブルの上に郵便物を放り出し、ソファーにどかっと腰を下ろし背をクッションに埋めた。
もう3時半だ。俺も10時の経営会議までは重要な仕事は入れていなかったはずだ。会議の準備は終わらせてあるし、今夜のセキュリティーチェックの報告を上乗せするだけでいいだろう。
熱いシャワーを浴びてちゃんと寝て、ゆっくりめの出社にしようと重い体を引き起こす。
ネクタイを緩めながらテーブルの上に何気なく目をやる。大方がダイレクトメールか要らないチラシ類だ。しかし、それらの中に違和感のある白い封筒を見つけた。
手に取って見ると、宛名は「松平征治様」となっているが、住所も無ければ切手も無い。当然郵便局の消印もなく、裏を返しても差出人も書いていなかった。
しかし、自分の部屋のポストにあったのだから・・・個人情報がどこからか漏れている?
慎重に開封した征治は、中の便箋を取り出し、絶句した。
『松平征治様
どうしても会って話したいことがあります。
日曜日の午後2時から6時まで、
前に会った公園の噴水広場の
ベンチで待っています。
雨の日には池の横の東屋で待ちます。
来てもらえるまで、いつまででも通います』
そして、最後にただ『陽向』と書かれていた。
これは・・・かつて自分が陽向に送った手紙と同じではないか!
しかも投函された形跡のない手紙・・・陽向は半年前に吉沢さんと福岡へ行ったのではなかったのか?それとも、俺が篠田さんを使ったように、誰かこちらにいる人間に頼んでいるのだろうか?
それに、今になって陽向が俺に伝えたい事ってなんだ?
半年前、俺は、俺との繋がりが切れるのは嫌だと訴える陽向を拒絶し、廊下に放り出した。あの時の陽向の傷ついた顔は忘れられない。
酷いことをしたと思う。でも、これで最後だから。君を傷つけるのは最後だから。そう思って別れの言葉を言ったのだ。陽向の瞳の中に、単なる慕情以上のものを見てしまった気がしたから。
・・・俺はどうするべきなのか。
俺が呼び出した時は、陽向が勇気を出して来てくれたおかげで俺の家族は謝罪をすることが出来た。
俺は・・・やはりこの手紙に応えるべきなのだろうか。
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