161 / 276
第161話
なんという事を・・・なんという事を!
征治は怒りの炎が激しく燃え上がるのを感じた。握りこんだ両手の爪が肉に食い込むほどに拳に力が入る。
考えまいとしても、まだ子供のような華奢な白い肢体を弄ぶ男たちや、首を締めあげられ苦しむ陽向の顔が浮かんできてしまい、叫びそうになるのを必死で抑える。
だめだ、ちゃんと陽向の話を最後まで聞かなければ。
「征治さんも知っての通り、僕の成長は人並み外れて遅かった。でも、芹澤に飼われて半年程すると、急に僕の体が変化し始めて・・・あまりに急激な成長に体中が痛み体調も崩しました。
それに加えて、少年のような僕の容姿が好みだった芹澤は急に大人の男になっていく僕が気に入らなかったらしく、髭や脛の毛が生えないようにレーザー脱毛を受けさせたりしましたが、そのうち飽きて、同じ趣味の仲間に転売したんです。
新しい飼い主の家には僕の他にも既にもう一人ペットの男性が居ました。その人も親の借金のカタに売られてきたと言っていました。その人はもう2年もその家にいて体調の良くない僕の世話を色々と焼いてくれました。
そしてある日、僕にこっそり一緒に逃げようと言ったんです。新しい飼い主は変な性癖ではあるが、ただの金持ちでやくざなどとは繋がりはない。逃げても暴力団に一生追われる心配はないと言うんです。
僕たちは逃げる計画をたてました。その人は口がきけない僕の行く末を心配して、新聞の求人広告から群馬の工場の働き口を探し、隙を見て僕に代わって電話まで掛けてくれました。
逃亡資金が必要だったけれど、大きなお金を盗むと警察が動くといけないので、日々の小銭を少しずつくすねて一人1万円位になるまで貯めました。お互いの首輪の鍵も、飼い主や他の使用人の目を盗んで、針金ハンガーのワイヤーを使って外す練習をしました。
そして、僕たちは飼い主が出張に行っている隙を狙って逃亡しました。二人で一緒だと目立つので別行動という約束だったので、その人とはそれっきりです。
僕はなんとか群馬にたどり着くことが出来て・・・世話好きな工場長さんと吉沢さんに会って・・・そこから先は征治さんも知ってる通りです」
淡々と衝撃的な過去を話し続ける陽向に、征治はなんと声をかければよいのかわからなかった。陳腐な慰めは、より陽向を傷付けるだけだろう。
男娼のあたりは、まだ理解は出来た。だが、人をペットの様に首輪と鎖をつけて飼う?モノのように売買する?
そんなことが今の日本で現実に行われていたなんて・・・。いや、むしろ現代の日本だからかもしれない。
人の性癖と欲望は数限りなくあるのだ。実社会よりも人間の欲望が剥き出しになりがちなネット業界に身を置いている征治は、日頃からそれを感じている。
そんな生活を強いられていた陽向はきっと人としての尊厳を著しく傷付けられたに違いない。大人になって再会したばかりの陽向の目に浮かんでいた、憂いと諦念の一因を知った気がした。
ともだちにシェアしよう!