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第163話

ここで陽向は言葉を切った。そして目を伏せ深い呼吸をした後、再び征治に向けられた視線には強い光が宿っていた。 真剣なまなざしを間近に受けて、征治も陽向から目をそらすことができない。 「僕は、どうしても、征治さんが欲しい」 征治は気圧され息をのんだ。 「征治さんは僕にとって特別なんです。僕は征治さんしか好きになれない」 陽向は、そうきっぱりと言い切った。 しかし直後に眉根をよせ、泣きそうな顔になる。 それは、今日、今までずっと張りつめていたものが切れ、抑え込んできた感情が溢れてきたように見えた。 一転して、陽向の声は弱々しいものになり、小さくなっていく。 「でも、僕は汚れているし、こんな体だから・・・恋人になれなくったっていい。だけど、征治さんから離れたくない・・・。 征治さんにもう恋人がいたとしても、これから誰かと結婚することになっても、ただの幼馴染でもいいから征治さんとの繋がりを失いたくない。ずっと傍にいたいんです」 そこまで言うと、陽向は力を使い果たしたようにガクリと脱力し、両手をテーブルについて俯いた。 これが、半年考えて陽向が出した結論なのだろうか? でもこれが、本当なら隠したいはずの自分の暗部をさらけ出したうえでの陽向の決死の告白なのだということは、痛いほどよく分かった。 陽向の話はあまりにも衝撃的で、正直まだ混乱している。 それに陽向が受けた苦痛は、元はと言えば、家を飛び出さなければならなかった慶田盛家のせいではないか。 俺だって陽向に対して随分酷いことをしてきたのに・・・それでも陽向はずっと俺のことを好きでいてくれたというのか? 声は取り戻すことができたとしても、自分の両親を死に追いやった人間の息子である俺を許せるというのか? それに吉沢さんはどうしたのだ?彼が簡単に陽向を手放すとは思えない。 「征治さん」 ぐるぐると絡まる思考に囚われている征治に陽向が再び声を掛ける。 「征治さん。僕は思っていること全部言いました。ここから先が、僕のお願いです」 はっとして征治は顔を上げ、陽向を見た。 「僕はコタが死んだとき、声を失ったけど、もう一つ失ったものがあります。僕はあの日から征治さんのココの声が聞こえなくなりました」 そう言うと陽向は手を伸ばし、征治の胸に手のひらをトンと当てる。 「征治さんの心の声を聞かせてください。 征治さんが僕と違っていろんなものを背負っていることは理解しています。それでも僕は聞きたい。 常に紳士でなければならず取り乱すことが許されなかった松平家の跡取りの声でも、周りの期待に応えなければならない責任感の強い優等生の声でもない、征治さんの心そのまんまの声です。 誰かに対する気兼ねとか、僕に対する負い目、立場とか資格とか、そんなのは関係ない。 征治さんが本当に欲しいものは何ですか? それが聞ければ、たとえ僕の望みが叶わなくても、僕は納得できる」

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