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第164話

征治の胸にはスクリーンがあって、常にそこには常識と理性、他人対する警戒心で調整、加工されたソツのない映像が政治の心象として映し出されている。 そうすることで征治自身も安心している面もあるが、本当はもっと熱いマグマのようなものが奥底にあるのをスクリーンで隠しているだけだということを、頭のどこかで分かっている。 陽向の言葉は、鋭いナイフのように、そのスクリーンをザックリと斜めに大きく切り裂いた。 裂けた部分に映し出されていた映像が乱れ、裂け目から奥にあるものがのぞき、ボロボロと漏れ出してしまいそうになる。 その裂け目を確認するように、征治は自分の胸に目をやる。 しかし、そこにあるのは破れたスクリーンではなく、陽向の手のひらだ。 俺の、心の声? 俺の、本当に欲しいもの? それを口に出すのは許されることなのか? だが、先程の陽向の捨て身の告白を思い出した途端、迷いと葛藤がすっと消えた。 何を恐れることがある? 征治は顔を上げ、陽向の顔を真正面から捉える。 真剣な顔で少し征治を見上げる形の陽向の視線と征治の視線とがカチリと音を立てるようにぴったり合わさった。 「俺は・・・」 征治の胸に置かれている陽向の手の指先に力が入る。 征治は左手で自分の胸にある陽向の白い手首を掴んだ。 「陽向が好きだ。陽向が欲しい」 陽向が息を飲み、目を見開いた。 「陽向がいれば、他は何もいらない。誰にも陽向を取られたくない」 今まででたった一人、心を奪われた相手。その幸せを願って、自分の恋心はもっと大きな愛に昇華できたと己に思い込ませた。 だが感謝しながらも心の奥底では吉沢に激しく嫉妬する自分にも気付いていた。彼が陽向の愛を勝ち得た男だと思っていたから。 「そして、俺は、陽向に許されて、愛されたい」 陽向の目が透明の液体で覆われ潤み、薄桃色の唇が震え始めた。 やがてその白い頬をつうーっと涙が伝うのが見えた。

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