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第165話

言葉にしてみればなんとシンプルなことか。 そうか、これでよかったのか。 俺も欲しいものは欲しいと、手を伸ばしてよかったのか。 征治は腕を伸ばし、陽向の体を引き寄せた。ゆっくりと両手で壊れ物を包むように陽向の体を抱きしめる。 「征治さん・・・」 陽向がそっと体を預けてきて、征治の肩に頬を寄せた。陽向の両手もそろそろと征治の背に回される。 征治が陽向のふわふわした髪に鼻先を埋めると、遠慮がちだった陽向がきゅううと縋るように抱きついてきた。 ぴったりと抱き合って互いの体に触れているすべての部分から、温かいものがトクトクと体内に流れ込んでくる。ああ、やはりこれは陽向だ。 かつて自分が胸に抱いた小柄でほっそりとしていた少年とはまるで違う大人の男の体だが、お互いの体内から発せられる波長のシンクロするさまとでもいうのか、記憶にある懐かしさが確かにあり、これは紛れもなく俺の愛した陽向だ。 ずっと昔に自分の腕からすり抜けて行ってしまったと思っていた想い人が、今また腕の中で震えている。俺は本当にこの愛しい温もりを取り戻すことができたのか? その時、腕の中の陽向が少し体を固くして身じろぎをし、耳元で不安げな声を出した。 「征治さん、凄く嬉しい・・・けど・・・やっぱり僕は征治さんの恋人には・・・相応しくないんじゃ・・・」 「相応しいって何?さっき俺が惚れ直した男前な陽向はどうしたの?ぐるぐる迷っている俺にココにある本当の気持ちが大切だって教えてくれたのは陽向じゃないか」 そう言って今度は征治が陽向の胸に手のひらを置く。 「ここに陽向の魂が詰まっている限り、どんな過去があったって関係ない。悲惨な経験をして傷だらけになりながらも純粋さを失わずに生きてきた陽向を俺は尊敬するよ。その背中の傷やタトゥーごと全部、俺が受け止める」 これからは陽向が二度と苦しまずに済むようにすべての痛みから俺が守ってやりたい。 そう思うと、陽向を抱きしめる腕に力が籠った。 征治のシャツの肩口に新たな熱い陽向の涙が染み込んでいく。 「征治さんが好きなんです。征治さんと一緒にいたい」 耳元で陽向が涙にぬれた声で囁く。 「自分の声で、どうしてもそれが伝えたかった」 愛おしさがつのり、征治の陽向を抱きしめる腕に更に力が籠る。 「ああ、これからはずっと二人で一緒にいよう」 二度とこの手を離すものかと思いながら、征治は陽向の耳元に囁いた。

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