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第170話

当日は征治の最寄りの駅で待ち合わせた。 改札の近くで待っていた陽向が自分を見つけて顔を綻ばせたのがマスク越しにも分かって、なんとも嬉しい気持ちになる。 「お帰りなさい」 「ただいま」 このやり取りは十数年ぶりだと感慨深く思っていると、陽向が眩しそうに目を瞬かせている。 「どうしたの?」 並んで歩き始めながら尋ねる。 「征治さんっていつもスーツですか?」 「陽向、また敬語になっちゃってるよ?恋人同士でそれはいらないって言ってるでしょ? いつもじゃないけど、俺はスーツが多いかな。社外の人と会う時でなければ、ユニコルノはどんな服でもOKなんだけどね。GパンにTシャツもありだけど、俺の場合は外に向けて隙のない社長秘書を演出する必要があったりするから。どうして?」 「征治さんのスーツ姿、凄くかっこいい・・・あ、えっと、前に雑誌で山瀬さんの特集を見たんだけど、社内の人、みんなもっとカジュアルな格好で、征治さんぐらいしかスーツの人写ってなかったから」 「ん?何の雑誌?」 「去年の秋ごろのエコノ○○○」 「ああ、あったね。陽向、あれ読んだの?でも俺は写ってなかったでしょ?」 「写ってたよ、・・・ちょっとだけ」 そうだっけ?あれは広報担当が上手く先方をのせて、新興企業には破格の8ページを割いてもらったのだった。 なぜ陽向が下を向いて小さな声でごにょごにょ恥ずかしそうにしているのか分からないが、なんだかとても可愛い。 「あ、でもっ、スーツでない時の征治さんも全部かっこいい、です」 口にしてからなぜか赤くなって慌てだす陽向に、思わずぷはっと笑いが漏れる。 「陽向、また敬語になってるよ。ふふ、かわいい」 照れてさらに赤くなる陽向に声を上げて笑っているうちに、マンションに着いた。

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