172 / 276
第172話
「ふうん。食べないよりはいいのかもね。今だって、陽向は少し痩せすぎのような気がするし。じゃあさ、これはこのままだとやっぱり塩気が薄い?」
征治はスモークサーモンのマリネを器用にくるくると巻き、フォークに載せてテーブルの向かいに座る陽向に「はい」と差し出した。
えっ?と目をパチクリさせ、次に顔を赤らめる陽向に征治は悪戯っぽく言う。
「味覚の検査だよ?お行儀が悪くて嫌?」
「いや、えっと・・・」
フォークを差し出したままニコニコ笑い続ける征治に根負けしたように、陽向は口を開けた。
唇の間にフォークを滑りこませ、サーモンを舌の上に載せる。
「どう?」
陽向は真正面から覗き込まれて、恥ずかしそうに咀嚼を繰り返した後、嚥下した。
「やっぱり塩味は殆ど感じない。だけど、酸味と玉ねぎとハーブの香りは凄くする」
「そっか。味覚はバランスが崩れてるけど、きっと嗅覚は問題がないんだね。じゃあ、これくらいだとどうかな?」
テーブルの端に載せてあったトレーから岩塩のミルを取り出し、サーモンの上で少しガリガリと挽く。それをまたフォークに載せて、差し出す。
また?という顔をする陽向に「味覚の検査だって」と、にっこり笑って返す。
苦笑した陽向が口を開ける。
「うん、これだと少し感じてさっきよりずっと美味しく思える」
「ふむふむ。じゃあ、今度はこっちね」
まだ手を付けていなかったキッシュの先端部分をフォークで一口大に切り、差し出した。
「これって、何?ケーキみたいな形してるけど、甘いの?ほうれん草みたいなの見えてる」
「食べたことない?キッシュだよ。甘くはない。まずは食べてみて」
口に含んだ陽向が目を丸くした。
「これ、美味しい・・・えっと、バターとベーコンとマッシュルーム、それからチーズの香りが凄くする」
陽向の反応に気をよくした征治は、キッシュの皿をもってキッチンへ行き、二等分したキッシュをそれぞれ皿に乗せ戻って来た。そして新しいフォークを添えて、陽向の前に置いた。
「気に入ったなら一緒に食べよう。ね?」
「でも、これ征治さんの晩御飯でしょ?僕はもう食べてきたし・・・」
「これぐらい入るでしょ?俺も一緒に食べると楽しいし。あ、それともさっきみたいに一口ずつ食べさせて欲しい?」
からかうように言うと、陽向は真っ赤になって
「い、いただきます!」とフォークを取った。
ともだちにシェアしよう!