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第173話
「そういえば俺たち長い間同じ屋敷に暮らしていたけど、こんな風に一緒にご飯を食べたことないね」
陽向はずっと使用人の離れで食事をとっていたからだ。
「だって、征治さんは王子様だったんだもん。仕方がないよ」
陽向の台詞に征治は目を瞬かせる。そうな風に思っていたなんて知らなかった。
「ねえ、陽向。楽しいこと思いついた。これから、少しずつこのキッシュみたいに陽向の口に合うものを一緒に探していこうよ。しょっぱさや甘みを足すのもやむを得ないけど、ずっと塩分過多だときっと体にもよくないし。何より、食事は楽しい方がいいよね。
俺も今、陽向とご飯食べてて楽しいからか、何度も食べたことあるここのデリの総菜もいつも一人で食べてる時よりずっと旨く感じるよ」
ほんのり頬を赤らめた陽向は、ふと気付いたように首を傾げて尋ねた。
「僕は当然いつも一人だったけど、征治さんも一人でご飯が多いの?自炊するの?」
「いや、平日は接待以外は殆ど一人で食べて帰るか買って帰って食べる。休みの日は簡単なものは作るけど」
「一人で食べて帰る・・・会社の人と一緒とかじゃないの?僕のイメージでは、征治さんはいつも人に囲まれてる人気者で・・・小学生の時は勿論、聞かせてくれてた中学や高校の話でも友達がいっぱいで・・・」
一度ユニコルノの前まで行った時も山瀬さんの妹をはじめ、皆慕うように取り囲んでいた。
「陽向。俺ね、とんでもなく情けない奴だったんだよ。特に、去年山瀬さんに叱られる前は」
征治は長い間他人を信じられず、上辺だけ取り繕って誰にも心を開かず卑屈になっていたことを打ち明けた。
そして自分ではうまくやっているつもりだったが、山瀬にはそれを見透かされ、愛情をもって諭されたことも。
「坊ちゃん育ちで周りからちやほや甘やかされてきて、きっと俺は弱い人間だったんだろうね。
俺がそんなだったから、山瀬さんは俺に『春告げ鳥』を読ませて、秦野青嵐に会いに行くのに一緒について来いって言ったんだ。
その『春告げ鳥』を書いていたのが陽向だったっていうのがほんとに不思議な縁というか・・・運命を感じるよ。
それに、山瀬さんが俺を叱ってくれた後にもう一度陽向に会えたから良かった。それ以前の俺のままだったら、きっと陽向に嫌われてしまっていたよ」
気が付くと陽向が眉を八の字にして、少し目を潤ませて征治を見つめている。何か言おうとしたのか唇が少し動いた。
しかし、陽向は何も言わず、ただ手を伸ばして征治の手の指先をそっと握った。
それだけで「征治さんも辛いことが多かったんでしょう?その一因は僕にもあったんでしょう?誰も責めたりしません」と言ってくれている気がした。
征治も「分かってくれて、ありがとう」の気持ちを込めて、陽向の指を握り返した。
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