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第176話

カーテン越しの光でもう夜が明けていることは分かるのに、ここ最近の疲労のせいか瞼が重く、なかなか心地の良いまどろみから抜け出すことが出来ない。 それでも徐々に覚醒していく意識の中で、すぐ隣に人の温もりがあること、そして自分の片手が温かいものにくるまれているのを感じる。 ようやく薄く目を開くと、隣で横になっている陽向が征治の手を自分の顔の近くで両手で挟み、愛おしそうに見つめていた。 そして、征治を起こさぬようにだろう、そうっと征治の手を開かせると自分の頬に当て、うっとりとした表情を浮かべる。やがて、満足気な甘い吐息とともに瞼を閉じた。 征治の意識は一気に覚醒し、心臓は早鐘の様に打ち始める。 もう、朝からなんてものを見せるんだ。 陽向に愛されているという喜びが全身を駆け巡る。ああ、こんなに幸せを感じた朝が今までにあっただろうか? あまりに可愛い事をする陽向を強く抱きしめたい衝動をぐっと抑え、しばらくその姿を眺めて目に焼き付ける。穏やかな笑みを浮かべたようなその顔は、宗教画の聖母を連想させた。 陽向の頬に触れている手で、朝になっても髭の生えない滑らかな肌をそっと撫でる。 ぴくっと全身を震わせ目を見開いた陽向に、「おはよう」と微笑みかけた。 可愛い悪戯がばれた恋人は、予想通り耳まで真っ赤になって慌てている。今度は頬を指で挟んでぷにぷにしながらもう一度「おはよう」というと、やっと小さな声で「おはよう」と返って来た。 「ごめん、もう9時だね。寝坊しちゃった。陽向はよく眠れた?」 「初め、いつも通り6時前に目が覚めたんだけど、あんまり居心地が良くてベッドから出られなくて、気がついたら二度寝しちゃってた」 「それは良かった。予報通り、今日はいい天気そうだね」 征治は大きく伸びをしながら続けた。 「陽向、起きて美味しいもの探しに行こう。ここのところ忙しくて食材が買えてないし、お勧めの店があるんだ。そこでブランチを食べよう」 「外で・・・食べる?」 「顔を見られたくない?その店なら多分心配ないよ。でも一応、特等席をリザーブしておくよ」 身支度を整え、出かけた先はマンションからほど近い公園だった。だが征治は公園には入らず直前で角を曲がり、その先でもう一度角を曲る。坂道をしばらく登ると、小洒落たカフェがあった。 「ここ?」 陽向が尋ねると、征治はにっこり頷いてドアを開けた。 カランカランとベルが鳴るとすぐに黒いタブリエを巻いた若い女性店員が出てきた。 「さっき電話したんですけど、」 征治が言い終わらぬうちに、店員は満面の笑みで 「いつものお席ですよね。どうぞ」 と、先に立って案内する。

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