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第178話
はい、おしぼりだよ、熱いから気を付けて、とまめまめしく世話を焼かれながらまずは生ハムのパニーニを頬張る。
どう?というように首を傾げる征治に、コクコクと頷いて「美味い」を伝える。
塩気を感じにくい陽向にも生ハムの味は感じられるし、やっぱりチーズの香りが鼻孔をくすぐる。何より外側のカリカリに焼き上げられたパン生地とチーズのとろけ具合にトマトの果汁、間に挟まっているレタスのシャキシャキ感のハーモニーが絶妙の食感なのだ。
「これも気に入っちゃった。征治さん、美味しいもの色々知ってるね」
ニコニコしながらいう陽向に満足して、征治も自分のパニーニに手を伸ばした。
もしかしたら陽向は、味もよく分からず、顔を見られないようずっと一人で部屋に籠って食事をするうちに、食に関する興味を失ってただの栄養補給としか捉えられなくなっていたのかもしれない。
こうやって楽しく食事をすれば、何か変化が起きる可能性だってゼロじゃないはずだ。
「ねえ、陽向。昔、重さんが樹木の中には水不足なんかで弱ってくると、枯れてしまわないように自ら葉を落として自己防衛するのがあるって言ってたの覚えてる?また十分に水や養分が取れるようになるとちゃんと新たに葉が出てくるって」
「うん」
「もしかしたら、陽向もそうかも知れないって思うんだ。次々と辛いことがあって、陽向の脳は大元の心が壊れないように、いくつかの機能を切り離して自己防衛をしたのかも知れないって。
きっとすごく努力をしたんだろうけど、10年以上出なかった声を取り戻せたんだ。他のものも良くなる可能性があるって信じていようよ。
あ、でもプレッシャーを感じる必要はないよ?だけど俺は陽向を十分な水と養分で満たせるような存在になれるよう頑張るよ」
「征治さん・・・」
「でも十分な水と養分があっても、上手にそれを取り込めないとね。その方法知りたい?」
「うん」
「心配な事や不安な事があったらちゃんと全部言葉にして俺に話すんだ。陽向はすぐに我慢しちゃったり、気を遣っちゃったりするだろ?
俺の前では完全にリラックスしてる状態でいて。言いたいこと言って、甘えるのも我儘言うのも大歓迎。どうしても叶えられないものは俺もちゃんと無理って言う」
本当はもっと具体的に陽向のためにしてやろうと考えていることがいくつもある。だが、まずはここからだ。
陽向は呆気にとられたように、ポカンと口を開けて征治を見ている。やがて泣き笑いのような顔になって言った。
「征治さん、僕に甘すぎる・・・。ふふ、征治さんだっていつも我慢してしまう癖に。征治さんもちゃんと思っていること僕に話して」
「そうするよ」
柔らかく笑う陽向の髪が春の風に吹かれて、ふわふわと揺れる。恋人の笑顔をこんなに穏やかで満たされた気持ちで眺めていられることに幸せを感じる。
時折風に髪が流され、陽向のすっきりとした顔の輪郭や額が現れる。
いつか、陽向をマスクや長い前髪、ストールから解放してやりたい。
いや、きっとそうしてやるんだ。
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