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第184話

約束していたタイムリミットの3時を過ぎても、「時間だよ?」と言っても陽向を離そうとしない征治にとうとう陽向が笑い出し、背中をタップした。 「征治さん、僕もう帰るよ。仕事して?」 「うーん、離したくない・・・」 陽向は頬を赤らめながらも、子供のようなことを言う征治を諭す。 「ふふ、征治さん、僕たちにはこれからいくらでも時間があるよ?」 「うん。そうだった」 やっと体を離してしゃきっとした征治が、車のキーを手に「家まで送る」と言ったが、 陽向はそれを断った。 「その時間、仕事して。僕は女の子じゃないんだし、一人で帰れるよ」 あからさまに残念そうな顔をする征治を陽向は密かに可愛いと思ってしまう。 そうだ、高校生ぐらいまでの征治さんは割と感情を素直に表情にのせる人だった。征治さんも僕の前でリラックスしてくれているのかな。そうだと嬉しい。 陽向がそこまでしかダメという部屋の玄関まで、征治が見送りに出る。 「陽向。俺の我儘きいて来てくれてありがとう。とても楽しかったし、陽向が充電できて疲れも一気に吹き飛んだ」 「僕も会えて嬉しかった。・・・この10年で一番楽しい二日間だった」 何をしたわけでもなく、ただ二人でいただけなのに。 沸点があまりにも低い陽向がいじらしい。 「木曜に出張から帰ったらぐっと時間に余裕ができるんだ。次の週末はもっとゆっくり過ごそう」 陽向、これから二人でもっと色んなことをするんだ。楽しいことで埋め尽くして、もっともっと陽向に幸せだと感じさせたい。 最後にそっと陽向を抱き寄せ、こめかみにキスをした。 陽向はまた赤くなりながらも顔を綻ばせ、「仕事がんばって」と言って帰っていった。 ひとりになった玄関で征治は余韻に浸る。 それにしても陽向と過ごした時間は楽しいものだった。 たったの二日でふたりがぐっと親密になった気がして嬉しくなる。昨夜、駅で合流したときに比べ、陽向の言葉遣いもずっと砕けたものになった。 二人の長いブランクを埋めるように色々な話をした。 陽向にどんなことがあって、陽向がどんなことを感じてきたのか。これからも時間をかけて聞いていきたい。 だが半年前、まさにここで、自分は陽向を突き放し別れを言ったのだ。 廊下に放り出された陽向が開けてくれとドアを叩き、開けてもらえないと悟った後もずっとドアの前で立ち尽くしていたのを征治は知っている。 何度、飛び出して行って陽向を抱きしめたい衝動に駆られたか。覚悟の上だったのに、何度そうしなかったことを後悔したことか。 だが、陽向は自分の前に戻って来てくれた。 二度と大切なものを見失わないようにしなければ。征治は改めてそう心に刻んだ。

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