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第186話

やがて勝は、ふうと大きな息をついて言った。 「兄貴も、よかったな」 その声には棘も皮肉も感じられない。 「勝、お前にはすまないと思っている。だけど、俺もどうしても陽向を諦められなかったんだ」 「いいよ、もう。やっぱり兄貴と陽向は本物だったんだな。昔はそれが悔しくて仕方がなかったけど、兄貴と陽向は磁石のS極とN極みたいに引き合ってるって感じてたんだ。 俺は陽向に幸せになって欲しいし、その相手が兄貴ならむしろよその誰かよりその方がいい。陽向がどれだけ兄貴のことを好きだったか知っているし、やっぱり・・・あいつのことを大事にしてくれるだろうって・・・一番信用しているからな」 征治も勝がどれだけ陽向のことを想っていたかを今は知っている。嫉妬に狂って過ちも犯した。それだけに勝の言葉は純粋に嬉しかった。 「ありがとうな」 「はぁーそれにしても、あいつったら、治療費の連絡を一度も森本の若先生に入れてなかったし、こっちはどうなってるのかずっとヤキモキというか、やっぱり治らないのかと心配してたのに・・・多少ぎこちない滑舌でゆっくりだけど、ちゃんと会話もできたよな」 治療費を負担する約束をしていた勝は直接連絡出来ないのならと、間に森本弁護士事務所に入ってもらうことにしていて、何度も確認を入れていたらしい。 トレーニングを続ければ、もっとしっかり発声もでき滑らかに話せるようになるらしいと伝えてやると、勝は「そうか、そうか」と喜んだ。 「ところでさ、今度は俺に電話番号もアドレスも教えてくれて、陽向も色々ふっ切れたみたいだけど、『問題だらけの自分を兄貴が受け入れてくれた』みたいなニュアンスだったのが気になって。今の兄貴が陽向に対して不用意な発言をするとは思えないし、何かあいつ困っていることがあるのか?」 やはり僅かな会話で勝が感じ取れるほど、陽向の方にそういう意識があるのだ。 この週末で少しはマシになったかと思っていたが、そんな簡単なことではないのだと改めて認識する。 それだけ過去の出来事が陽向を傷付け、暗い影を落としているということだ。もしかしたら吉沢さんと付き合っているときにもそれらが原因で何かあったのかもしれない。 あまり内容をつまびらかにするのは陽向の本意ではないだろうが、このまま電話を切れば勝は心配し続けるだろう。 そう思い、かいつまんで説明した。 慶田盛家を飛び出した後、酷い経験をしたせいで陽向が更に心に傷を負ったようであること、おそらくはそれが原因でいくつか体に不具合をきたしていること、そして陽向がそれら両方を負い目に感じているようであることを説明する。

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