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第189話
陽向が仕事をしている間にパーテーションの奥のキッチンを借りる。
陽向の話ではこの部屋は元々事務所だったものが随分前に居住用に改造されたものらしい。一つの空間だったところに、ミニキッチンとユニットバスを取り敢えず付けたという感じの造りだ。
間取りと言っても、古いアコーディオン式のパーテーションでベッドルームと、陽向の仕事コーナーであるデスクと小さなダイニングテーブルのみのリビング、キッチンとバス・トイレなどの水場の3つのコーナーに簡単に仕切られているだけだ。
小さなキッチンは一応ガスコンロがついているものの、シンクの上には今時珍しいと思われる旧式の給湯器。子供の頃、友達が住んでいた古い住宅で見た記憶があるような。
正直言って、ここの住み心地はいいものではないだろう。7階まで上がって来る階段のコンクリート壁の補修の跡を見ても、このビルが相当古いものだと分かる。サッシも古く、きっと夏は暑くて冬は寒い。ふと、なぜ陽向はこんなところに住んでいるのだろうと思った。
事前に聞いていた通り、一通りの調理器具は揃っていた。買ってきた食材を取り出し、豚肉とニラともやしをたっぷり入れた焼きそばを作る。
盛り付ける皿の在り処が分からず戸棚をパタンパタンさせていると、パーテンションが開き陽向が入って来た。
「ごめん、うるさかった?皿がどこにあるのか分からなくて」
「ううん、すごくいい匂いがしてきたからすい寄せられて」
皿と箸を出しながら陽向が笑う。
ちょうどキリがいいという陽向と、焼きそばの皿をもってダイニングテーブルへ移動した。
「いただきます。これ、僕が知ってる焼きそばと違う。キャベツが無い代わりにニラ?あれ、味も全然違う。征治さん、すごい。これ何で味付けしたの?」
「これはね、最近俺がハマってる上海焼きそば。最初から蒸し麺と味付けするソースがセットになってるから作るのは簡単なんだ。俺はこれぐらいのお手軽な料理しかできないんだよ。でもこれ、なかなか味が本格派だと思わない?オイスターソースが効いてるよね。陽向、遠慮せずにソース足してもいいよ」
「じゃあ、ちょっとだけ。うん、美味しい。香りもいいね」
もぐもぐしながらにっこり笑う陽向は超絶可愛い。
「晩飯は昨日の夜たくさん作ったシチューを持ってきたから、温めて食べて」
「征治さん、ありがとう。でも、すごく申し訳ない。せっかくのお休みなのにお手伝いさんみたいなことさせてしまって」
「勝手なイメージかも知れないけど、作家さんて資料の取り寄せとか身の回りの世話とか、担当の編集さんにさせたりするの?」
「うーん、そんなのは忙しい大物作家さんがしてるんじゃないのかなあ。僕なんてペーペーだから」
「まあ、陽向はもっと売れっ子になっても、気を遣っちゃって頼めなさそうだけど」
「そう・・・かもね」
「今回は無理を聞いてあげてるの、陽向の方でしょ?そういうときは?」
「う・・ん。だけど、やっぱり篠田さんに頼むなんて思いつかなかった」
「やっぱりね。だから、これは俺だけに許されたことだと、俺は非常に満足してるんだけど?」
陽向は大きな目をパチパチさせている。
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