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第190話
「次、こういうことがあったら、自分から『征治さん、助けてー』って言ってくれると、もっと俺は喜んじゃうよ」
陽向はクスクス笑って言った。
「征治さん、甘やかしすぎだって。みんな自分の仕事は自分でちゃんとやるものでしょ。でも、ありがと。ほんとは今日3食ともゼリー飲料で済ませちゃおうかと思ってた」
「じゃあ、お礼に俺のお願い一つ聞いてくれる?」
「うん。なに?」
「山瀬さんに、陽向のことをちゃんと紹介したい」
「え・・・それは、こ、恋人としてっていう意味で?」
「そう。他の人にオープンにするかどうかは別として、山瀬さんだけには話しておきたい。あの人とは単に上司と部下だけの関係じゃないし、陽向のことを多少なりとも知っている訳だし、理解しておいて貰いたい」
陽向は箸を置き、俯いて考え込んだ。
「嫌かな?」
「嫌・・・じゃない。うん、そうだね・・・僕も、打ち合わせを逃げ出したこと、一度ちゃんとお詫びしなきゃって思ってたから」
「本当にいい?3人で食事のセッティングしても大丈夫?山瀬さんの前でマスク外せるかな?」
「大丈夫。山瀬さんには最初に顔見られているから。それに征治さんが信用している人なんでしょ?だったら、平気」
陽向は微かに微笑んだ。
昼食を食べ終えると、後片付けは自分でやるという陽向を無理やりデスクに向かわせ、洗い物をする。
自分が長居すると陽向が気を遣って集中できないだろう。これが終わったら帰ろう。
帰り支度を整えて、リビングに行くと陽向がパソコンから目をあげて椅子を回転させ、こちらを振り返った。
「陽向、そろそろ帰るよ」
「あ・・・うん。今日はわざわざありがとう」
礼を言いながらこちらを見上げる顔に『もう帰ってしまうの?』とはっきり書いてあるのは、きっと自覚が無いのだろうな。
大きな瞳で上目遣いに見つめられ、かつて身長差があったころの感覚を思い出してドキッとした。
誤魔化すように「仕事、頑張って」と言いながら陽向の頭を撫でると、気持ちよさそうな顔をしてそっと反対の手の指先を握ってくる。ああもう、この天然ちゃんめ。
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