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第191話
「最後に、マッサージのサービス付き」
椅子をくるりと回転させて背を向かせ、陽向の男にしては華奢な肩を掴んだ。
「やっぱり、かなり凝ってるね。うーん、陽向、髪を纏めるゴムか何かある?マッサージがやり辛い」
陽向が引き出しから取り出したゴムで、陽向の長い髪を結わえてやると、ほっそりとしたうなじが露になった。
普段、ストールや長い髪で隠されているそこは、全く日に焼けておらずドキリとするほど白い。それ故にその付け根のTシャツの襟首から覗くタトゥーが存在感を放っている。
「強さ、これぐらいでいい?」
横から覗き込んで訊ねた時、陽向の首筋に引っ掻いたような赤い痕を見つけた。過去の傷ではなく、ごく最近のものだ。
「これ、どうしたの?」
尋ねると、陽向はキョトンとした顔で首の側面に触れ、「ああ」と言った。
「多分、夜寝ているときにでも無意識に汗疹 を引っ掻いたんだと思う」
「汗疹?」
「うん、金曜が通院日だったんだけど、夏日になって暑かったでしょ?ストールの中で汗かいちゃって。夏はよくあるんだ」
何でもないように陽向は言った。
黙々と肩や背中や首のマッサージをしていると、気持ちのよいポイントがあるのか、ときどき陽向の口から『んふっ』というような微かな吐息が漏れる。
刺激されて血行が良くなって、真っ白だったうなじがほんのりピンク色を帯びてきたせいか、だんだんその吐息が色っぽいものに聞こえてきてしまう。
困るなあ。いや、陽向には何の非もないんだけど。
最後につむじにキスをしてマッサージを終了した。
「征治さん、上手だね。すごく気持ちがよかった。ありがと」
「じいちゃんや母さんに時々してやってたからかな?どうぞ、またのご用命を」
ドアまで見送りに来た陽向の頬にチュッとして、今度こそ「頑張って」と言い部屋を後にした。
少々蒸し暑さを感じさせる明るい日差しの中、公園を突っ切って駅に向かう。
もう関西は梅雨入りしたと言っていたから、こっちもそろそろだろう。
ふと思いついて、振り返って陽向の部屋を探してみる。
すると見当をつけた辺りのビルの窓際に、顔は分からないまでも白い服を着た人が立っているのが見えた。
最上階ではあるが、ここからだと前に邪魔をする建物がいくつかあって何階なのかはよく分からない。
だが、あの茶色の外観。そして今日の陽向は白いTシャツを着ていたはず。
征治はその人物に向かって右手を上げてみた。すぐさまその人影は大きく手を振り返してきた。
『こらこら、こっちばっかり見てないで早く仕事をしてください』
心の中で突っ込みながらも、くっくっと笑いがこみ上げてくる。
俺の恋人は、もういい大人のはずなのに、やたらと可愛い。
そして、陽向それらの小さな行動に一つ一つ反応する自分もなんだか可笑しい。
だけど、そんな自分も嫌じゃないのだ。
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