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<第17章>   第193話

とうとう梅雨入りした次の週末は、陽向をベイエリアのショッピングモールに連れ出した。 人混みが苦手で引き籠りがちな陽向は、大型ショッピングモールと聞いてもピンと来ていない様子だったが、それでも躊躇しているのは分かった。 「人目が気になる?でもきっと、人が多くてかえって紛れちゃうと思うよ。それにこの週末はずっと雨が降り続くみたいだし。色々買いたいものがあるんだ。だけど、陽向が嫌ならやめるから遠慮なく言って」 しばらく考えていた陽向は思い直したようだ。 「行く。一人じゃきっと気後れしちゃって行かないだろうし。僕、東京に住んでいてもこの辺りと神田のあすなろ出版と通っている大学病院ぐらいしか知らないから」 土曜日、「今から出るよ」とメッセージを入れてから車で陽向の家へ向かう。 7階の部屋まで迎えに行くつもりで、近くのコインパーキングに停めようと思っていたが、ビルの入り口で既に傘を持った陽向がキョロキョロしながら立っているのを発見して、思わず笑みがこぼれた。 近づいていくと、こちらに気付いた陽向がぱあっと目元の表情を明るくしてこちらに小走りにやって来る。もう、これだけで可愛い。 お邪魔しますと言いながら助手席に座った陽向がシートベルトを締めている間に、確認する。 「陽向、ほんとにショッピングモール嫌じゃない?嫌ならこのまま俺の部屋でもいいんだよ?」 「ううん、嫌じゃない。というか楽しみになってきたよ?だから待ちきれなくて降りてきちゃった。不安になった時に備えて一応これも持って来たし、大丈夫」 カバンから取り出した黒縁眼鏡を振って見せ、にこにこしながら答える陽向に安心して車をスタートさせた。 「俺の買い物に付き合わせちゃって悪いね」 「ううん。征治さん、今日は何を買いに行きたいの?」 「色々。やっと買いたいものが出来たんだ」 「どういうこと?」 「俺ね、親父の事件からしばらくは、今までしたことが無かったお金の心配をしなきゃいけなくなった。住んでいたマンションも売ったし、大学を出るために奨学金を貰ったり、アルバイトもしたしね。 山瀬さんに拾ってもらってからだって、まだ社員5人の小さな会社だったから最初の数年は今ほど給料良くなかったし、奨学金の返済もあったからね。 だけど落ち着いてきたら、今度は給料を貰っても使い道がないことに気が付いたんだ」 「使い道がない?」 「そりゃ生活する為の最低限のお金は掛かるよ?だけど、マンションも借り上げ社宅の扱いだから半額くらいで済むし、この車だって人から格安で譲って貰ったしね。 何より人を遠ざけてずっと一人でいたから誰かと食事に行ったり遊びに行ったり、ましてや旅行なんてね。たまに山瀬さんと仕事帰りに食事してもたいてい奢りだし。趣味といったって週末にジムに行くか一人で読書だったから」 「そうなんだ」 「だから、今日は俺もすごく楽しみなんだ。勿論、陽向に会えるだけで十分嬉しいんだけどね」 そう言って、左手の指の背で陽向の頬を撫でると、 「せ、征治さん、ちゃんと両手でハンドル握って」 と怒られた。きっと隣で赤い顔をしているのだろう。

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