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第207話

「山瀬さんの方は何もないんですか?よく取引先で見合いを勧められそうになっても、全部断ってるじゃないですか」 「そんなしがらみのある面倒な話、やだよ」 「香織さんとは続いてるんですよね?山瀬家ほどになると、ご両親の方からも突っつかれません?長男だし」 「まあ、お袋はうっすら仄めかすことはあるけどね。うちは弟が死んでから『限りある人生は自分が納得する使い方をしろ』っていうのが共通認識になってるから、何も無理強いはしてこない。 親父もたたき上げで、お前のような立派な血筋とか無縁だし。 それに、俺もまだまだやりたいことが山ほどあってさ」 そこでグイっと身を乗り出すと、目をキラキラさせて例の楽しいことを見つけた子供のような表情をする。 「先日、大学の理工のいくつかの研究室合同の同窓会があって顔を出したの、知ってるよな?俺の他にも何人か起業している奴がいたんだが、軒並み低空飛行か潰しちゃってるんだよ。 話を聞いてみると、やっぱりみんな理系オタクだからな、テクニカルに優れていても商売が下手すぎるんだ。 そこで俺はいいことを思いついた」 「勝ち組と言われる山瀬さんに、その人達よくやっかみなく話しましたね。あなた、またグイグイ突っ込んでいったんでしょう? 思いついたのは、特許やビジネスモデルの買収ですか?」 「いや、そうじゃない。お互いにウィンウィンの関係になるためにだな・・・」 仕事の話に入っていきそうな気配を感じ、陽向は二人に断って席を立った。 社長が腹心の部下にアイデアを話すのを部外者が聞いてはマズいのではと思ったからだ。 陽向がマスクをもって個室を出て行ったあと、山瀬は「彼は聡いな」と呟いた。 「征治、あれでよかったか?」 「あれとは?」 「千春のことだよ。さっきの俺の言葉を彼に直接聞かせたかったんじゃないのか」 「ふふ、山瀬さん、さすがですね」 「ふん、この策士め。交際の報告だけなら二人の時にいつでもできるのに、わざわざ風見君に会わせる意味はなんだと思ってな。 それで、思い出したんだ。前に彼に会ったとき、俺が千春のことをべらべら喋ったことを。彼はそれを気にしてるんじゃないのか?」 「やっぱりそうでしたか。俺が山瀬さんや山瀬家の話をすると陽向の反応が少しおかしくて、何故だろうと思ってたんです。 山瀬さんが会社の前で陽向に会ったと言った日、結局陽向は俺を訪ねて来なかった。この辺に他に用なんてあるとは思えないし、その理由を考えているうちに、あれは丁度千春ちゃんが来ていた日だったと思い出して」

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