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第209話
「陽向、疲れた?」
征治の部屋に帰り、二人とも酔っているので風呂はやめにしてシャワーを浴び、ソファーに落ち着いたところだ。
「ううん、楽しかった」
そう答える陽向はまだ明らかに酔いが残っていて半袖のTシャツからのぞく首や両腕がまだほんのりピンク色だ。
確かにこれを金曜の深夜の電車に乗せなくて正解だった。狼たちをすい寄せる何かが出ている気がする。
「山瀬さん、やっぱりとてもいい人だね。頭も切れるし、面白いし、なにより懐が広いって感じがした」
酔いのせいか普段よりおっとりとした口調で話す様子からは、以前のように何か気掛かりがあるようには感じられない。
やはり、陽向は山瀬家の征治への期待を感じ取っていたのかもしれない。会わせてよかった。
「陽向は桂花陳酒のソーダ割りが気に入ったみたいだね。この部屋にもボトルを買って置いておこうか」
「金木犀のお酒なんてあるんだね。僕、あれも気に入ったよ。おこげのあんかけ?」
「また美味しいものが見つかって良かったね」
最近、食感と香りが陽向の味覚を補うのに役に立つことが分かって来た。
「たくさん飲んだし、味の濃いものも食べたから喉が渇くね」
征治は二人で分けて飲んだ空のミネラルウォーターのボトルを下げ、新しいものを出そうと冷蔵庫の扉を開けて、ソファーに座る陽向に声を掛ける。
「陽向、フルーツのジュレ食べる?昨日取引先の人に貰ったんだけど、なんか美味しい店らしいよ」
「ジュレってなあに?」
「ああ、ゼリーのこと。最近気取ってフランス語で言ったりするみたい」
その時ちょっとしたイタズラ心が征治の中に湧いた。
「陽向、こっち向いて座って」
ソファーに横を向いて座らせる。
「目をつぶって。いいっていうまで開けちゃだめだよ」
とろんとした目で不思議そうに征治を見上げた後、素直に頷いて目を閉じる陽向。
冷蔵庫からジュレを持ってきた征治は、再び陽向の横に座り、指でそっと陽向の唇を撫でた。
驚いたのか陽向の体がビクリと揺れたが、言いつけ通り目は閉じたままだ。
正面から目を閉じた陽向の顔を見つめる。
いつもは磁器のように白いが、今は桜のような色をしている滑らかな肌。
通った鼻筋、目を閉じているせいでより目立つ長い睫毛。
少女のようなピンク色をした形のいい唇。
指先で唇に触れているだけで、先日のキスを思い出し、甘美な疼きが湧いてくる。
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