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第210話
征治は銀色のスプーンにジュレを少量乗せた。
「陽向、少し口を開けて?」
戸惑うように薄く開いた唇の間にスプーンを差し込み舌の上にジュレを垂らす。
「むふっ?」
さらに戸惑う陽向に
「じっくり味を感じてみて。何のフルーツか分かる?」
陽向が閉じた口の中で舌を動かしジュレを溶かしながら味を確かめようとしている。つられてわずかに動く唇と考え込むように少し形のいい眉を寄せる様子から目が離せない。
「これは桃だよね?ふくよかな香りがすごくするけど、これは味蕾で感じてるのか、嗅覚で感じているのか・・・少しお酒も入ってるのかなあ、そんな香りもする。
・・・甘味はあんまり感じないけど、僕の舌のせいかもしれないし、お酒のせいかもしれない」
「じゃあ、次はこれ」
別のジュレを掬って舌に載せる。
「うう・・・苦い・・・甘みより何倍も苦みを感じる・・・これはグレープフルーツ?」
目をつぶり眉根を寄せる陽向の表情を見て、ふとセックスをして感じたときの切羽詰まった顔ってこんな感じなのだろうか、などと考えてしまった。
・・・陽向はこんな顔を、かつて誰かに見せたのだろうか。
じゃあ、快感に恍惚とした顔は?
俺は見ることが出来ないかもしれないそれらの表情を、陽向を弄んだ奴らは見たのだろうか。
腹の中に何かが燻ぶりだしたのを感じ、慌ててそれを振り払う。
俺も、まだかなり酔っているのかもしれない。
「征治さん、征治さん」
律儀に目をつぶったままの陽向に呼ばれていることに気付き、ハッとした。
「お水飲んでもいい?」
「ああ、ごめん。さっきのはグレープフルーツ。待って、今飲ませてあげるから」
グラスを唇に沿わせ、零さないようゆっくりと傾け、水をそっと注ぎ込む。
目をつぶり、征治のされるままになっている陽向がなんとも無防備だ。
相手から見られていないことをいいことに、間近で濡れたピンクの唇とごくりと嚥下する喉の動きを凝視してしまった。
「やっぱり、苦みには敏感だね。最後にこれ」
濃い山吹色のジュレをゆっくりと流し込む。
「・・・ん・・」
陽向が少し鼻にかかったような甘い声を漏らし、ドキリとした。
「・・・はぁ、これは苦くなくて美味しい。前の二つより濃厚で香りも強いけど、食べたことない味・・・」
「これはマンゴー。もう目を開けてもいいよ」
お許しが出た陽向は、シーリングライトの明るさに目を瞬かせた。征治はリモコンでLEDライトの明るさを少し落とす。
「マンゴーってこういう味だったんだね。ああ、征治さん、3つも開けちゃって・・・」
「陽向を太らせようと思って。陽向は、マンゴーがお気に入りだね。グレープフルーツは俺が引き受けるよ。
はい、陽向。目は開けていていいから、口開けて。食べさせるの、餌付けみたいでなんか楽しい」
本当は陽向の唇や舌の動きを見るのが、少しエロく感じてたまらないというのは黙っておく。
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