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第211話
素直に口を開いた陽向に、今度はスプーンいっぱいに載せたマンゴージュレを運ぶ。
ゆっくり味わうように口の中で動いている舌を想像する。
ごくりと飲み込んだ、さくら色の喉元の動きを見つめてしまう。なんだか艶めかしく感じるのはこちらが勝手にそんな風に見ているせいか。
「美味しい」
にっこり笑う陽向の口に、もう一口、運ぼうとすると
「征治さんも食べてみて」
と言う。
「俺は後でグレープフルーツをいただくよ」と言っても、
「違う。マンゴーが美味しいから、食べてみて欲しいの」
と頑なに首を横に振って、きかない。
「酔っ払いさんには困ったね」
その酔いに乗じた自分の事は棚に上げて「じゃあ少しだけね」と苦笑する。
少量をスプーンに載せ口に含む様子を、陽向がこちらの反応を窺おうとしてか凝視している。見つめられながら物を食べると言うのはこんなに恥ずかしいことだったのか。
ジュレは確かに美味かった。もっとよく味わおうと舌を動かすと、陽向の顔がワントーン濃いピンクに変わった。
・・・もしかして、陽向も俺と同じ様な事を考えた?
いつもの陽向なら、きっと慌てて恥ずかしそう視線を逸らすのに、ぽうっと呆けたようにこちらを見つめ続けているのは、酔いのせいだろうか。
「甘みと酸味が凝縮されてて美味しいね。はい、陽向の番」
もう一度、陽向の口元にスプーンを運ぶ。
少し下唇についてしまったジュレをそっと親指で拭うと、陽向が指の先端のそれをぺろりと舐めとった。
思いがけない陽向の行動と、指先に感じた温かい濡れた感触に鼓動が跳ねた。
しばらく思考がフリーズしていた征治の手から陽向がスプーンを取った。そしてグレープフルーツのジュレを掬うと征治の口の前に差し出した。
促されて征治が口に含むと、陽向がうっとりとした表情で自分の口元を見ている。
「美味しい?」と聞くので頷くと、
「本当だ。食べさせてあげるのってなんだか楽しいね」
と笑う。
「それに、征治さん、きれい。ずっと見てたい・・・」
どこか色っぽさのあるその笑みに、またドキリとしてしまう。
征治が嚥下するのを確認すると、はぅと溜息をついて、また陽向はジュレを掬おうとする。
「陽向、交代」と言ってスプーンを受け取ろうと手を出すが、イヤイヤというように首を振って聞き入れない。
こんな子供のように我儘を言う陽向を見るのは初めてだった。可愛い以上に好奇心が湧いて好きにさせてやることにする。
陽向がスプーンを征治の口元に運んでくる。今度はピーチの芳香な香りが口中に広がった。
だが途中からゆっくりと味わうどころではなくなった。
またうっとりした表情で征治の口元を見つめていた陽向が、ジュレの動きを追って視線を喉へ移し、手を伸ばしてきてそこへそっと触れたのだ。
撫でるように触れられた喉から、ざわわわと衝撃が一気に全身に広がった。
喉元を見つめていた陽向の視線がゆっくりと上って来て征治の目を捉えた。
そう、まさに捕えられたのだ。熱を孕んだその瞳に。
まるで魔法にかかったように、瞬きすることすら出来ない。
・・・まずい。
淫靡な方向へ空気が流れ始めている。
頭の片隅で黄色いランプが点滅を始めていた。
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