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第214話
その印が征治を冷静にした。
ーー俺は、二度と陽向が傷付くことが無いように護ると、己に誓ったのではなかったのか。
陽向が欲しいと思ったのは、勿論肉欲だけでなく、深く陽向を愛しているからだ。
それに、今の陽向はきっと怯えを感じることなく自分を求めてくれている。
だが、今夜は二人とも酔っている。
酒の勢いで簡単に越えるラインではないはずだ。
先日、ゆっくり行こうと言ったとき感じた陽向の安堵の気配を思い出し、その思いは確かなものになった。
あの晩、陽向は「いいんだよ」と言った。
あれは先へ進みたいという陽向の希望では無かったと思う。自分に気を遣わず征治の欲望を優先していいという意味だ。
だが、そんな一方的な行為は恋人同士のセックスではないはずだ。俺はそんなものは望んでいない。
内部の熱を逃すように、ふうー、ふうーと長い息を吐いて、己の中の獣を宥める。
そして、一つの決心をした。
陽向の頭と背中をゆっくりと撫で、明るめのトーンで話しかける。
「ごめん、俺のせいで二人ともジュレまみれになっちゃったね。もう一度、シャワー浴びなきゃ」
「・・・うん」
陽向が『拒絶された』と誤解しないように、甘い声で続ける。
「俺の恋人はとっても可愛いってずっと思ってたけど、今夜はなんだか色っぽくてドキドキしちゃったよ」
そう言って、チュッと音を立てて髪にキスをする。続けて耳にも。くすぐったかったのか、肩をすくめて少し身を引いた陽向の鼻先にもチュッ、頬と瞼にもチュッ。
「征治さんだって・・・王子様があんなことしていいの?」
そんなことを言う陽向の額やこめかみ、顎にと顔じゅうにキスを振らせていると、とうとう陽向はクスクス笑い出した。
最後に陽向の手を取って指先にキスをして、目を見ながら言った。
「陽向、好きだよ。そして、とても大切だ」
陽向はホッとしたように小さな溜息をついた後、柔らかい微笑を浮かべた。
「それなのに、すぐに盛っちゃってごめんね。ゆっくりいこうって言ったのは俺なのに。呆れた?」
「ううん」
「よかったー、嫌われちゃったらすごくへこむ」
大袈裟な抑揚をつけて言いながら、背中からソファーにバタンと倒れこみ、陽向を引き寄せる。
征治の胸に頭を預けた陽向が、「嫌いになる訳無い」と言った。続けて「それに・・・だから・・・」と何か小さな声で呟いたが、敢えてなのか征治の胸に顔を埋めるようにして言うので聞き取れなかった。
「ん?なあに?」
小さな頭を撫でながら聞きなおしたが、陽向は首を横に振るだけで答えなかった。
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