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<第19章> 第216話
初めての客を取らされた日。
お前の初めての客は特別だから、あえて講習も準備も要らないと言われ、店の男にワゴン車でシティーホテルに連れていかれた。
男は大柄なやくざ崩れの男で、いかにもという感じに頬から顎にかけて切り傷があり、目付きが鋭い。
この男ともう一人が、寮と呼ばれているボロマンションから客の待つ場所へ男娼を送迎する。
単なるドライバーではなく、陽向のような訳ありの男娼が逃げ出さないように監視し、客がルールを守らなかったり難癖をつけて金を払い渋ったりすると凄んで巻き上げるという役割も兼ねている。
男は客室まで、恐怖で足が震え縺れる陽向を「トロトロしてんじゃねぇ」と引き摺っていった。
中で待っていたのは頭の禿げあがった中年男だった。
「ほほう、これは私好みの上玉じゃないか。この子、本当にノンケの初物なんだね?」
さっきまでぞんざいに陽向を扱っていた店の者は、ニヤニヤしながら揉み手をする。
「先生に気に入って頂けると思ってました。いつも通り、こいつには何にも教えておりません。どうぞ存分にお楽しみください」
そして、
「お前も初めてが先生でラッキーだったな。せいぜい可愛がって貰え」
と陽向に声を掛けると、「終わったら電話ください」と客にペコペコしながら出ていった。
部屋に二人きりになると、バスローブを着た先生と呼ばれた男が近づいてきた。
「ああ、こんなに震えて。可愛いねえ。怖いかい?」
そう言って頤を持ち上げる。
「ああそうか、君は口がきけないんだってね。可愛い鳴き声が聞けないのは残念だが、いたいけな少年のような体つきは正に私の理想だ。
心配しなくても私は体を痛めつけるような乱暴なことはしない。
私はね、未経験の子が私の手で怯えたり恥ずかしがっているのを見るのがたまらなく好きなんだ。
まっさらなものを穢していくのも楽しいし、やっぱり初めてのときにしか見られない特別な表情があるからね。
そして、怯えていたノンケの子が意に反して快楽に堕ちてしまう瞬間を見るのはもっと好きだ。
全部、私が初めてを教えてあげるから、言うことを聞くんだよ?」
口調は丁寧で柔らかだが、言っている内容にはぞっとさせるものがあり、陽向の緊張は更に高まった。
ノンケとは異性愛者の事を指すのだと、この店で働かせられると決まったときに聞かされた。
自分がそうであるかを尋ねられた記憶はないが、客が喜ぶようにそういうことになっているのかもしれない。
今までにたった一人好きになった人は男性だった。
自分にとってその人は特別で、その人のことばかり見て生きてきたから、自分が同性愛者か異性愛者かなどとちゃんと考えたことは無かった。
だが今は、客の男に顎を触れられているだけで、言いようのない気持ち悪さを感じている。
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