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第219話

ことが済み、迎えに来た店の者に厚みのある封筒を渡しながら 「大変美味しくいただいたよ。いやあ、やっぱりノンケの初物は格別だね」 と笑う客に、軽く殺意のようなものが湧いた。 足腰が立たず、また引きずられるようにワゴン車まで連れていかれた陽向は、車の時計を見て自分が4時間半もホテルにいたことを知った。 「随分、お楽しみだったじゃないか。一応、先生に一晩買われているから、もう今夜は寮に帰っていい。先生の事だから傷付けたりはされてないだろうが、もし熱が出たら1階の事務所行って抗生物質貰って飲め」 寮に帰ると、自分にあてがわれているベッドに倒れこむ。 6畳ほどのスペースに2段ベッドが二つ。つまり、4人部屋だが、他の3人は客を取って出ているようだ。 なんとかズボンだけは脱ごうともがいていると、ポケットからパサリと何かが落ちた。広げてみると1万円札が2枚。 地獄のように屈辱的で苦痛だった先ほどの行為を思い出し、その時は生理的に出てしまうもの以外は決して泣くまいと堪えていた涙が、今になってほとばしるように溢れてきた。 その時、マンションの玄関辺りで物音と人の気配がした。誰かが帰って来たのかもしれない。 慌てて布団を頭からかぶる。 こんなことをしなければ生きられないなんて。 服従させるための脅し文句だったと分かっているが、角膜を売って路頭をさまよい野垂れ死んだ方がよかったのか。 男性相手の男娼をしろと言われたときは、他にどんな仕事でもするからそれだけは嫌だと抵抗した。 「お前に何が出来る?身元を保証する奴もいない宿無しだ。こんな貧相な体に口もきけないようじゃ、女を喜ばせることだって出来ないだろうが。掃除や皿洗いなんかじゃ一生かかっても借金は返せないし、こっちも悠長に待ってやる義理はない」 そう凄まれて、納得したわけではなかった。 「別に大したことじゃない。心配しなくても、すぐに慣れる」 そうあやされて、安心したわけでもなかった。 『もう、どうなったっていいや』 一言で言うと、生きる気力を失っていたのだ。 どうせ、僕にはもう帰るところもない・・・ 征治さんがこんな僕を知ったら、どう思うだろう。きっと酷く軽蔑されてしまう。 ・・・ばかだな、僕は。 征治さんに会う事なんて、この先あるはずないじゃないか。 それ以前に、征治さんは僕の事を嫌っている。 だけど、それでも今までは同じ世界で生きていると思っていた。 でも、もう違う。 交わることのないであろう別の世界に自分が来てしまったことが分かる。 征治さんのような人が一生接することなど無い、暗い世界に自分は堕ちてしまった。 さようなら、征治さん。 征治さんに憎まれていても、僕はずっと征治さんの事が好きでした。 だけど、これで本当にお別れです。

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