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第222話
だから、彼が向かいの5階建てのビルから飛び降りて死んだ時、陽向の胸に一番に浮かんだのは、「悲しい」でも「可哀そう」でもなかった。
陽向の周りには死がよくあった。
父、母、大旦那様、小太郎、重さん。
だが身近だった彼らの死より、お互いの本当の名前も知らないようなシンジの死の方が、自分に近かった。
『解放されたんだね』そう思うと同時に、『先を越された』とも感じている自分に気が付いた。
シンジは何のために生きているのか分からなくなったのだ。そこに自分はひどく共鳴している。
生きる意味を見出せなくなったら・・・終わりにするしかないんじゃないか?
1年前の自分なら、きっとこんな風には考えなかった。
『ふふふ、既に僕の心は壊れ始めている』
妙な安心感が生まれる。
このままどんどん壊れてしまえ。そして何も分からなくなってしまえばいい。
そして僕は、僕の形をした人形になるのだ。
最近、全く自分にその気が無くても、刺激を受ければ射精までしてしまうポイントがあることを知ってしまった。
最初の「先生」にもいかされたのでそこを責められたのかもしれないが、パニック状態で何が何だかわからないまま終わったのでよく分からなかった。
客が自分だけ達して満足して終わってくれればいいのだが、客の中にはこちらをいかせようと躍起になるものもいて、執拗にそこを責められると自分の意思とは関係なく反応して出してしまう。
それは陽向に更なる精神的ダメージを与えた。
自分を抱く男たちを激しく嫌悪しているはずなのに。こいつらとのセックスで絶対に感じたりしたくないのに。僕はどうなってしまったんだ。
だから、これは人形の仕様だと思い込む。そうでなければ自己嫌悪の底なし沼にずぶずぶと溺れていき、息が出来ない。
それでも『苦しい、誰か助けて』と人形になりきれていない僕の一部が叫ぶ。
誰も助けになんか来ないことを知っているのに。
時々、夢に征治さんが出てくる。
最後に小屋の窓のところで見たのと同じ、不快感いっぱいの表情で。
ああ、ゴミのような僕の姿を見られてしまった。このまま消えてなくなりたい。
もうこのまま目覚めなくていい。
そう思うのに、次の日はまた来てしまう。
どうせなら、幸せだったころの笑顔の征治さんが夢に現れてくれたらいいのに。
そうすれば、朝、目覚めた時の絶望がもっと僕を打ちのめして、歩道橋から飛び降りる勇気が出るかもしれないのに。
しかし、そんな悪夢のような毎日にピリオドが打たれる日がやって来た。
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