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第223話

ボーイとなって3カ月を過ぎた頃。 客を取ったホテルの部屋を出て、エレベーターに乗ったところで客が走って追いついてきた。 「ねえ、君。凄く気に入ったんだけど。これからは店を通さず直接やり取り出来ない?君も店に随分マージン取られてるんじゃない?君の取り分に少し上乗せするからさ」 勿論、客からの金は借金の返済に殆ど持っていかれる。だが直接交渉がバレれば半殺しの目に会うのも知っているし、ペナルティーとして一度に3人の相手をさせられ寝込んだ同僚がいることも知っていた。 改めて客を見れば、チャラチャラした感じではあるが、一般的には男前の部類に入るのではないか。だが、そんなことはどうでも良い。 この客はかなりS気がある上に若く、かなり力とスタミナがあり、陽向は疲弊させられた。次の指名が入ると考えるだけで気が滅入る。 エレベーターが1階に着いた。 ロビーを抜けてエントランスを出ると、店のワゴン車が待っている。客もそれは分かっていたようで、肩を抱くようにして陽向の足を止め説得を試みようとした。 その時、「誰だよ、そいつ」という声が近くで聞こえた。一瞬、店の者が直接交渉の話を聞いてしまったのかと思い、焦る。 客がパッと陽向を離し、陽向の背後に向かって慌てて作り笑いをしたと同時に「やっぱり浮気かよ」という低い声が聞こえ、陽向は振り向いた。 すぐ近くにいた金髪にピアスだらけの男と目が合ったと思ったら、その顔が醜く歪んだ。 「てめえ、可愛い顔して人の男に手を出してんじゃねえ」 え?そんなこと言われても。痴話げんかに巻き込まないでくれ。 早くワゴン車へ行った方がよさそうだと考えたとき、脇腹に衝撃と熱を感じた。 全然別の方向から、「きゃー!」という甲高い声が聞こえ、客の男が「お前なにやってんだ!」と叫ぶと同時に、金髪男の腕を掴んで外に向かって走り出したのが見えた。 ホテルのフロントマンが血相を変えカウンターを飛び出しこちらへ走って来るのを見て、やっと自分の身に起きたことを理解した。 手を左脇腹にやると、ナイフの柄のようなものが突き出しているのがわかり、引き抜こうとしたところで「抜くんじゃねえ!」という怒声が飛んできた。 エントランスから、店の送迎の男が「抜いたら死ぬぞ」と怒鳴りながら走り寄って来る。 ああ、これを引き抜けば終わりに出来るのか。 もう一度、柄に手を伸ばして握りこんだところで、店の男に腕を掴まれてしまった。 「オラ、トンズラするぞ」 男にガッチリ腕を掴まれたまま、ワゴン車まで引き摺って行かれる。後ろのシートにうつ伏せに寝かされ両手はタオルのようなもので縛られた。 男は車を急発進させ、運転しながらどこかに電話を掛け始めた。医者がどうのとか言っている。 医者なんて連れて行かずに、その辺に転がしておいてくれたらいい。 そう言いたかったが、自分は口がきけないのだった。 口がきければよかったな。 そう思いながら、意識を失った。

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