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第234話
翌朝、顔を出した芹澤は後孔をチェックし薬を塗ると、「痛み止めをのんでおけ」といつもとは違う錠剤を差し出した。
確かに痛みが酷かったので、陽向はそれを飲んだが、暫くすると猛烈な眠気に襲われソファーに座っていることもままならなくなり、倒れこんだ。
目が覚めたときには、首の後ろに消えない刻印が押されていた。
それを目の当りにしたときは大きなショックを受けた。
丁度首輪の下あたりに5センチ程の盾。その周りに幾重にも絡みついている鎖。その輪っかの一つ一つまで立体的に見える精巧なものだ。そして、盾の真ん中で主張する芹澤の頭文字。
『人形に多少の傷がついたところで今更だ』と自分に言い聞かせなければ、おかしくなってしまいそうだった。
「これはな、そこらのチャチなタトゥーじゃないんだぞ。柄は洋物だが和彫りと言ってな。そう簡単に消えやしないんだ。これで皆ブランは俺の物だとわかるだろう」
芹澤はマーキングしたことで幾分か不安定さが解消されたようだった。
機嫌のいい時はまた「腕枕をしてやる」などと言って、陽向を抱いて眠る。
だが、陽向の心はしんと冷えていて、もう情など湧くとは思えなかった。
僕は一体何をしているんだろう。
衣食住は確保されていても、これで生きていると言えるのかな。おまけにヤクザ者に飼われるって・・・
自分を飼う金は、芹澤が法外な金利で誰かから巻き上げたものだ。闇金に手を出さざるを得ない人達は本当に切羽詰まっているはずだ。
僕がぼんやりこうしている間にも、新たに誰かが不幸になっているかもしれない。
そう思うと胸が苦しくなった。
勿論、僕がここにいようがいまいが、芹澤は闇金を続けているのは分かっているけれど。
自分に感情がまだ残っているうちに行動しないといけない気がした。
昼食を運んできた家政婦がドアのロックを外した瞬間を狙って、陽向は大きく取っ手を引いた。
家政婦が怯んだすきに外へ飛び出そうと思っていたのに、彼女は昼食の載ったトレーを投げつけてきてた。そして、エプロンのポケットに手を突っ込むと、驚いたことにスタンガンを突き出した。
バチバチと音を立てるそれを陽向の方へ向けながら、もう一方の手で携帯電話を取り出した。
「セリザワサン、テンワ、スル!」
それは困る。傷付けるつもりはない、頼むから外へ出してくれと必死で身振りで伝えるが、相手も顔を引き攣らせている。
「コドモ、ビョーキ。ツカマル、ミンナコマル!」
悲痛な金切り声をあげる彼女に、みるみる自分を動かすエネルギーが萎んでいくのを感じた。僕がここから逃げると、このおばさんやその家族が困るのか。
「シュジツ、オカネイッパイイル!ツカマル、コマル!」
ずっと年配だと思っていたが、初めて聞いた声はもっと若い印象だ。化粧っ気も無くひっつめ髪で頬がこけているせいで、想像していたより本当はずっと若いのかも知れなかった。
不法就労者で芹澤に弱みでも握られているのだろうか。
スタンガンを突き出す手をぶるぶる震わせ、目に涙を溜めた家政婦の姿に、完全に気が削がれてしまった。
すっかり汚れてしまった服と熱いスープが掛かったせいで真っ赤になっている腕を見下ろすと、陽向は項垂れてバスルームへ向かった。
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