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第238話

それからも芹澤と陽向の距離は縮まらなかった。 芹澤の情緒は相変わらず不安定で、暴力的かと思えば甘い言葉を囁き続けるときもある。 「何考えてんのか分かんねえ。お前、本当は喋れるんじゃないのか。何とか言え」 と以前とは矛盾することを言うこともあれば、 「ブランは盛ったりしねえのがいい」 と、触れられても反応を示さない陽向のものを握り、同類だと安心したような顔をする。 陽向は気分が塞ぎがちで、同じ部屋、同じベッドにいる芹澤の言葉さえどこか遠くに聞こえ、まさに人形の様に無表情になっていた。 だが、人形のくせに体のあちこちが痛むのだ。クラクラと眩暈を起こし、倒れそうになることもしばしばだった。 やがて、喉ぼとけや脛毛などの発現で、全身の痛みは成長痛であり、急激すぎるホルモンバランスの変化による不調だと分かると、陽向がこの家に来た頃を蜜月だったと思い込んでいる芹澤はその変化を受け入れず、躍起になってそれを押しとどめようとした。 薬で眠らせては髭や手足のレーザー脱毛を受けさせ、筋肉が付きすぎないようにタンパク質の摂取を制限した。 しかしそんなことをしても、陽向の体は日々ミシミシと音を立てるような骨格の成長が見られ、顔の輪郭まで変わりつつあった。 ある日、ソファーでぐったりしていると、芹澤が見知らぬ男性を連れて部屋にやって来た。 年のころは同じぐらいだろうが、芹澤に比べると線が細く、おっとりとした印象だ。 芹澤は陽向にその男の前で全裸になれと命令した。男はじっくり値踏みするように陽向の体を眺め、タトゥーと脇腹の傷に目を近づけチェックすると「わかりました」と頷いた。 それから、二人は裸の陽向を置き去りにして何やら話しながら出ていった。 翌日、部屋にやって来た芹澤は唐突に言った。 「お前を売ることにした」 陽向の様子を探るように見ていた目が、何の反応も示さない陽向に明らかにがっかりしている。 大きな溜息をつきながら背を向け 「新しい飼い主はもっと優しいんじゃねえか?はっ、きっと勃つんだろうしよ。俺はもっと可愛い奴を新しく見繕うわ」 そんなことを言いながら出ていった。 数日後、新しい飼い主が迎えに来て、約半年に及ぶ芹澤との生活は終わった。 部屋を出るとき、そういえば男娼生活から救い出してくれたのはこの男だったと、ぺこりとお辞儀をすると、芹澤は目を見開いた後、いかつい顔をくしゃくしゃにして、さっさと行けと言うように追い払うような仕草をした。 それを見て、飽きたのなら娼館に売り飛ばすことだって出来たのに、新しい飼い主を見つけてきたのは、この男なりの配慮だったのかもしれないとぼんやり考えた。

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