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第239話

車に2時間近く乗せられ到着した新しい飼い主の家は、周りに畑や田んぼが点在する郊外にあったが、その田舎っぽい風景にそぐわない立派な一軒家だった。 門にはこれまた立派な「沢井」という表札が出ている。 だが、陽向が何より驚いたのはその家にもう一人ペットの男性が居たことだった。 「レイ」と呼ばれているその男性は明らかに陽向が来たことを喜んでおり、陽向のことを弟の様にかいがいしく世話を焼いてくれた。 同じように首輪をはめられ、閉ざされた部屋にいても、レイが色々な話をしてくれるので、一人で鬱々としていたときとは比べ物にならない程、孤独な心を慰められた。 親の借金のかたに売られてきたという一つ年上の彼は、もう2年もこの家にいるらしい。 通っていた定時制の高校さえやめなければならなかったレイは、しかし利口な青年だった。 従順、無知、無関心を装いながら、正確に状況を把握していた。 飼い主の沢井は、地元の中堅企業の社長の息子であること。 社長の愛人であった母親に、子供の頃は邪険に扱われていたのに、先妻を追い出し妻の座に収まった途端、先妻の子ではなくお前が社を継げと色々と焚きつけられるのに辟易していること。 しかし、周りだけでなく本人も優秀な兄たちに比べその器ではないと分かっていること。 どうやらその母親が元で、女性に強い嫌悪感を抱いていること。母親の襲撃を恐れ、わざわざ実家から遠く離れた郊外に家を建て、男性のペットを侍らせていること。 沢井にはペットを見せびらかす趣味は無く、パーティーには行ったことが無いと聞いた時にはホッとした。 レイは、この家で耳を澄ませていても入ってこない外のことを知りたがった。 レイが『陽向との意思疎通がうまくいかないから、小ぶりのホワイトボードとマーカーが欲しい』と沢井に上手にねだってくれた。 それを手に入れてから陽向は筆談が出来るようになった。 「紙と鉛筆じゃ、証拠が残るからね」とウィンクするレイはやっぱり利口だった。 陽向から男娼の店での話や、前の飼い主から売られてきたこと、印をつけられパーティーで衆目に晒された話を聞いたレイは考え込んだ。 「前から思ってたけど、やっぱりこんな生活長く続けられない。君が来る前は俺も一人で気が狂いそうになったよ。 沢井が俺たちに飽きてお払い箱になったとき、娼館やゴールドのブレスレッドを付けさせる飼い主に売られる可能性だってある。もっとやばいところだってあるかもしれない」 それから、レイと陽向は脱出計画を練り、数カ月の準備期間を経て実行に移したのだった。

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