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第245話
夕食は二人で鶏もも肉のグリルに温野菜を付け合わせたものと、4種のチーズ(クワトロフォルマッジと言うらしい)のペンネを作った。鶏肉に掛けるソースもフレッシュトマトを使って自分たちで作った。
征治さんの『陽向の美味しいもの探し』熱は続いていて、ネットのレシピサイトであれこれ見ながら相談してメニューを選んだ。
あまり高くない僕たちのスキルと征治さんの家にある調理器具を考えあわせ、あれでもないこれでもないと頭を突き合わせてディスプレイを覗く間も、スーパーへ材料の調達へ行く間も、僕は楽しくて仕方が無かった。
出来上がりも上々で、「今度は海鮮チヂミを作ってみよう」「二人で作るならもう一つ包丁と鍋があった方がいいかな」などと盛り上がった。
食後に皿を洗っていたとき、征治さんのスマホに山瀬さんから電話が掛かって来た。
「ええ、はい。いや、それは契約書を精査してからの方がいいと思います。はい、こちらで確認できます。月曜に顧問弁護士にチェックを受けるので間に合いますね?」
仕事モードのキビキビした受け答えがかっこいいなと思っていたら、だんだん様子が変わって来た。
「は?全部回るって、無理でしょう!プロモーション来週末からですよ!?8都市ですよ、しかも札幌もあるし、大阪は2か所ですよ?合間にある東京の3か所も行くつもりですか?
え?ご褒美?うぐぐ・・・わかりました、やってみますよ。その前後、相当忙しくなるから覚悟しておいてくださいよ!」
社長に無理を言われて困ってるのかなあ、大変そうだと聞いていたら、また様子が変わって来た。
「え?そうですよ。ふふ、可愛いでしょう?中身はもっと可愛いんですよ。ふん、いいじゃないですか、デレたって!」
なんとなく自分の話だと分かり、一人で赤くなった。
電話を終えた征治さんが隣にやってきて申し訳なさそうな顔をする。
「ちょっと仕事しなくちゃならなくなった。しばらく掛かるからテレビでも見てて。ごめんね」
元々、今夜も泊まる予定だったし何も問題は無い。
「ううん。なんか大変そうだね」
「3週間以上の二人分のスケジュール組みなおしだよ。取り敢えず、宿と足を急ぎで確保しなくちゃ。
あの人ね、おひとりブラック社長って言われてるの。
IT業界ってブラック化しやすいんだけど、そこは社長としてもの凄く気を遣ってるんだ。何しろ人類ハッピー至上主義だから。
単価が安くて長時間労働になりやすそうな納期に追いかけられる仕事は極力避けてきてるし、社員もそれは有難がってるんだけど、社長本人はどんどん動き回っちゃうんだよね」
「だから、おひとりブラック社長?」
「うん。本人は『俺はタフだし、好きな事やって楽しいんだからいいじゃないか』って聞く耳持たないけどね」
ワハハハと豪快に笑い飛ばす山瀬さんが容易に想像できる。
「と言うことで、多分俺も来週末から10日近く出張になる。間に、東京に戻ってこられる日があるかもしれないけど。山瀬さん一人で行かせると、色々余計なもの拾ってきそうだから」
「ふふふ。元気すぎる社長の秘書も大変だね。じゃあ、征治さんは巻き込まれブラック?」
「はは、ほんとだ」
「僕のことは気にせず、仕事して。先にお風呂借りてから、僕もプロット考える」
お風呂に浸かりながら、征治さん当分忙しそうだなあ、次の週末は会えないのかとちょっびり残念に思う。
これぐらいでそんな風に思うなんて、幸せに慣れるってこわい。
お風呂を上っても、征治さんはリビングの隅に作られているパソコンコーナーでデスクトップとノートパソコンの両方を睨みながら、一心不乱に仕事をしていた。
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