247 / 276

第247話

もしかしたら征治さんは、暫く自分が忙しくて傍にいられないことも見越して、ああ言ってくれたのかも知れない。 単純な僕は、本当にあの言葉のお陰で、今朝の様に夢を見ても『ああ、膿が出たんだ。また少し良くなるはず』と思える。 そうでなければ、何度もあんな夢を見たら『まだ惨めな過去に縛られ続けている情けない自分』に、一人で更に落ち込んでいたかもしれない。 言葉を紡ぐことを生業(なりわい)としている僕なんかより、征治さんの言葉の方がずっと力があるような気がする。 一度、征治さんにそう言ったら、「それは陽向限定なんじゃない?」と笑っていたけれど。 んん? なんかおかしいなと思ったら、征治さんの事を考えてばかりいて、いつもより1周多く公園の外周を走っていた。 まあいい、今日は早く目が覚めて時間にも余裕があるし。 どれだけ自分が今日を楽しみにしていたか分かって、一人で苦笑いする。今日は、ようやく征治さんの出張が終わって、東京に帰って来るのだ。 全国の主だった都市で行われるユニコルノの新作ゲームのプロモーションイベントに、社長は多忙なこともあり、元々は主要3都市にだけ顔を出すはずだった。 だが、急に8都市全部行くと山瀬さんが言い出し、そこから征治さんの怒涛の日々が始まった。 何しろ、征治さんは総務と人事と社長秘書という三足の草鞋を履いている。 出張前も多忙を極めていたし、北は札幌から南は博多まで飛び回る間に征治さんは2度東京に戻って来たが、会うことは出来なかった。 おまけに、昼間はいつも周りに山瀬さんやスタッフがいるし、夜は夜で接待なども入っているようで、ビデオ通話は殆どできずメッセージでやり取りするのがやっとだった。 約3週間会っていなかっただけなのに、どれだけ長く感じたか。まだ朝なのに、早く夜にならないかなと思ってしまう。 大好きなあの瞳を間近で見たい。征治さんに引っ付いて征治さんの匂いを感じたい。耳元で艶のある低音で「陽向」と呼んで欲しい。 どんどん贅沢になっていく自分がちょっと怖い。 征治さんに依存しすぎかな?重いって思われちゃうかな? いまだに恋愛初心者の僕は少し心配になるけど、心の暴走をとめることはできなかった。

ともだちにシェアしよう!