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第249話
「そうですよ!秦野さん、いつもそうやって思ってること言ってもらっていいんですよ!これは秦野さんの本なんですから」
「や、調子に乗って言っちゃったけどプロのイラストレーターさんに失礼ですね。いつものようにイラストレーターさんの作品イメージやインスピレーションを大切にしてもらった方がいいですよね」
「いえ、イラストレーターさんにこの材料を料理してくださいとゲラを渡す際に、できればこの調理方法でと付け加えるだけですよ。それで美味しい料理が出来上がればいいですし、イラストレーターさんがこっちの調理法の方がより合ってますよと提示してくれたら、皆で味見をして美味しい方を選べばいいじゃないですか」
「・・・そんな上から目線で大丈夫でしょうか」
「上から目線なんかじゃないですよ。私ね、同僚からこんなに手の掛からない先生いないだろうっていつも羨ましがられるんですけど、一方でちょっと心配でもあったんですよ」
「心配、ですか?」
「編集会議なんかでも、割とそのままこちらの意向を汲んでくださると言うか・・・全く我儘をおっしゃらないでしょう?いつの間にか私の本になってしまっていたらどうしようって。ですから、内容についてはなるべく口出ししないように気を付けてました」
「それは・・・だから、あんまりダメ出しされなかったんですか?他の会議室から侃々諤々 のやり取りが聞こえてくることもままあるので、僕は、優しい編集さんなのかと」
「あははは。まあ、秦野さんの場合締め切りに追われてやっつけで書いちゃうってことが無くて、よく考えられているものありますけどね。
秦野さん、声が出るようになって、少し変わられましたよね。こんなこと言ったら失礼かも知れませんが、俯きがちだったのが明るく、表情豊かになられましたし・・・
今後、作品にいい影響が出てくる気がしてるんです」
もし僕にそういう変化があったのなら、それは、時期的にはそうなのかもしれないけれど、声が出るようになったからではないと思う。僕の内部の変化が、結果として発声に繋がったのだ。
心療内科の先生にも言われたが、あの時初めて本心から自分を変えたい、声を取り戻したいと望んだのだ。僕自身の為にも、征治さんの為にも。
そして今、僕は征治さんが傍にいてくれることで、彼から強い影響を受けている。
「さっきみたいにどんどん思っていること言ってくださいね。私はね、意見交換することで見つかる物の見方ってあると思うんですよ。
あっ、そうそう!お渡しするものがあるんです。ちょっと待っててくださいね」
篠田さんは急に立ち上がると、会議室を出ていった。
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