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第252話

気が付けば、修学旅行生の列はとっくに通り過ぎていた。 目の前の征治さんが胸ポケットに手を入れスマホを取り出す。画面を確認して少し首を傾げると、画面をタッチして耳に当てた。 ほぼ同時に陽向の手の中のスマホが鳴り始める。それがスイッチだったように固まっていた足が動き始めた。 「征治さん」 「わ、びっくりした。陽向どうしたの?」 「ちょうど、あすなろ出版で打ち合わせが終わったところだったから、上手くいけば落ち合えるかなと思って」 「そっか、それで電話くれてたんだね。ごめんね、出られなくて」 征治さんがにっこり微笑んで、「陽向、ただいま」と言った時、背後から「松平さん」と声が掛かった。 振り返ると、先程の男性が立っていた。 遠目では分からなかったが、瞳がブルーだ。そのせいか近くで見るとさらに光り輝く様なオーラを感じる。 男性は陽向の顔を見ると一瞬目を見開いたが、すぐに極上のスマイルに戻った。 「申し訳ない、どうやら荷物を取り違えたみたいで」 と紙袋を掲げる。 「あ、本当ですね」 同じ柄の紙袋の中を覗き込んだ征治さんが、すいませんと言いながらそれを差し出した。 紙袋を交換するわずかの間に、二人がちらっとアイコンタクトを取り合ったような気がして、またさっきの奇妙な感覚が胸の中に蘇る。 「では、また」 そう言って男性が立ち去るのを見送ろうとしたとき、男性がこちらを見て悪戯っぽく笑ったと思ったら、陽向に向けパチンと音を立てそうなウィンクを投げてきた。 !? 今のは・・・なんだ? 彼がスマートに身を翻し立ち去った後も、呆然とその後姿を目で追う。 「帰ろっか。陽向、このままうちに来られる?」 と、征治さんに声を掛けられ、やっと我に返った。 人混みを潜り抜け、ようやく中央線のホームに辿り着く。 中央線は東京駅が始発だから、電車はさほど混んではいない。 「はあ、凄い人だったね」 「ほんとにね。俺ね、大学で東京に出てきたとき、あまりの人の多さに『今日この辺で何かイベントがあるのかな』って言って、こっちが地元の友達に笑われたことがあるよ。勿論、知識としては東京にはたくさん人がいるって知ってたんだけど、実際に見るとね、びっくりしたんだよ」 「僕も、渋谷の駅前のスクランブル交差点を井の頭線の連絡通路から見下ろした時、子供の頃に見た落ちたお菓子に群がるアリの大群を連想しちゃって、鳥肌が立ったよ」 こんな他愛のない話はすらすらと言葉が出てくるのに、「さっきの人は誰?」という簡単なフレーズが何故か喉に引っ掛かり、出てこない。 かろうじて「山瀬さんは一緒の新幹線じゃなかったの?」と尋ねたが、 「うん、京都で別れた」 と、さらっと流した征治さんはすぐに話題を変えてしまう。

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