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第266話

そっとリビングの扉を開けると、キッチンでコーヒーメーカーをセットしている征治さんの背中が見えた。 今、どんな気分だろう?怒ってはいなくてもきっと落胆はしたよね。 まずはごめんねって言おう。 そう思って近づいていくと、気配に気づいたのか征治さんがこちらを振り返った。 その表情は予想外のものだった。 爽快な炭酸飲料のCMに出てくるタレントかと思うほどの、晴れやかな笑顔。 「おはよう!そろそろ起こしに行こうかと思ってた」 こちらがたじろぐほどの明るい声でそう言って、両手を大きく広げる。 「陽向、おはようのハグは?」 某古典SF映画のトラクタービームに捕まったみたいに、僕の体は引き寄せられて征治さんの胸にぽふっと着地する。 「おはよう。征治さん・・・ゆうべは・・」 ごめんねって言おうとしたところで、征治さんが僕の体をぎゅっと抱きしめた。 「陽向、ゆうべは素晴らしかったね。ああもう、本当に嬉しいよ。今日は何かお祝いしなきゃね」 「え?」 征治さんは僕の顔を覗き込んだ。 「まさか・・・陽向、覚えてないの?」 「う・・・僕、自分だけ悦くなって・・・そこから記憶が無いから、征治さんをおいて一人で寝ちゃったのかなって・・・あまりにも申し訳なかったなって・・・違うの?」 「違う!いや違わないけど!」 「え?」 「だから、大事なポイントが違うって。俺の事なんでどうでもいいんだ。陽向、ゆうべちゃんと反応していけたんだよ?凄いことじゃない!嬉しくないの?」 両手で僕の顔を挟んで力説する征治さんの顔を見ていたら、やっと理解が追いついてきた。 「そう・・・そうだね・・・信じられないけど・・・僕、ちゃんと・・・」 昨夜の情景が浮かんで急に恥ずかしくなり目を伏せるけど、顔や耳がカッカしている。 「ちゃんと、気持ちよかった?」 急に甘さのある声で囁かれ、思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。さらに顔が熱くなってきた。 「ねえ、気持ちよかった?」 今度はちょっと悪戯っぽく聞かれる。 きっと答えるまで繰り返されると思って、目を閉じたままコクコクと頷いた。

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