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第270話

「陽向の事だから、『征治さんに申し訳ない』とか考えてるんじゃない?」 僕の頬を指でムニとつまみながら、征治さんが言う。 あまりに図星過ぎて、黙り込む。 「陽向、よく聞いて。昨日、最終的にはいけたけど、途中でフラッシュバックを起こしただろう?もしかしたら、まだ膿が残っているのかも知れないよ。 それに、さっきチラッとでも『またパニックを起こしたらどうしよう』とか『期待されてるのに失敗してがっかりさせたくない』って考えなかった?」 それは、少し頭をよぎったかもしれない。 僕の背中を優しく撫でながら、征治さんは言葉を続ける。 「陽向に気を遣われて無理させてセックスしてもちっとも幸せじゃない。俺は陽向が回復して傷がすっかり塞がってから、一緒に感じ合いたいな。でも、陽向はプレッシャーを感じる必要は全くないよ。俺、しばらくリハビリに努めるから」 「へ?リハビリ?」 「薬を塗って傷口が塞がるまでのアフターケアは俺がするって言ったでしょ。陽向の頭と体が安心して快感に浸れるようになるまで、全面的にサポートします」 やけにキリッとした口調に苦笑いしてしまう。 「あの、ドクター、具体的にどのような・・・?」 「それはですね、君が気持ちよくなることをあれやこれや試してですね・・・むふふふふ」 「なんだか、怪しいドクターですね・・・」 空気が重くならないようにわざとふざけているのが分かる。 それが僕への征治さんのいたわり方だってことも。 「でも、僕が征治さんに気持ちよくなって貰いたいのは本心なんだよ?健康な男性なら当然の欲求でしょ?僕が、その・・・手とか、く・・・色々?使ってお手伝いするのはダメなの?」 「うーん、大変魅力的な申し出だけどね、今はまだ、陽向にそんなことさせたくない。きっと陽向は本当にそう思ってくれてるんだろうけど、それはもっと先に陽向が安心して俺と抱き合えるようになってからでいいと思うんだ」 ああ、征治さんはきっと僕が客にやらされていたことをさせたくないんだ。またフラッシュバックを起こすと心配しているのかもしれない。 「でも、ありがとう。凄い先の楽しみが出来ちゃった」 僕の額にキスをして髪を撫でてくれる。 「陽向、ゆっくりでいいんだ。少しずつでも進んでいけば。だって、陽向はこれからもずっと俺の傍にいてくれるんだろう?」 なんだか胸がきゅううんとなって、額を征治さんの耳元に擦り付ける。 「でも、時間が掛かりすぎてお爺さんになっちゃったら?」 「それならそれでいいよ。難攻不落の山に挑み続けた男たちって自叙伝でも書こう」 「ふふ、そんなの読む人いないよ」 クスクス笑い合って、征治さんの腕にくるまれていると、さっきまでの落ち込んだ気持ちが嘘のように消えて、ゆるゆると気持ちがほどけていく。 征治さんの匂いに包まれ、あまりにふわふわと心地が良くて、子供の頃憧れていた雲のベッドにいるみたいなんて考えている僕は、まどろみ始めているのかもしれない。 「陽向、一緒に幸せになろう」 少し離れたところから声が聞こえた気がして目を上げると、征治さんが河原の緑の中で笑って立っている。 そうだ。彼はいつでも両手を広げて待っていてくれる。 僕はただ、その温かい胸に飛び込んでゆけばいいのだ。

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