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第4話

すんなり行くと思っていた顔合わせのセッティングはなかなか上手くいかなった。 弱小出版社なら、こちらが興味を持ったことを知れば食いついてくると思ったのだが、色よい返事がもらえない。出版社の担当者の方と会うことは問題ないが、どうしても作者とコンタクトを取らせたくないようなのだ。 まあ、クリエーターには偏屈ものが多く、表に出たがらない者もいるだろう。あるいは作者が未成年?作風を見る限りそうではない気がするが。それなら、こちらが直接交渉しますと言っても、それは困るの一点張りだ。 ネットで「秦野 青嵐(ハタノ セイラン)」と作家の名前を検索してみても、出版されている本の情報が出てくるだけで、作家個人に関することは何一つ出てこない。もちろんSNSなども無い。 プロに頼めば数日で調査は上がって来るだろうが、こちらは身辺調査をしたい訳ではないのでそれも違う気がして、出版社を粘り強く説得した。作者から全権を委託されていると出版社が言っても、山瀬が会いたいのは作家本人の方なのだ。 努力の甲斐あって、とうとう相手方が折れた。 一度だけなら作者も同席してよいという。ただし、条件があるという。今回の顔合わせで知った作家の個人情報は絶対に他で漏らさないで欲しいというのだ。作者はひっそりと静かに暮らしていくことを望んでいて、あまり外部と接触をしたくないのだそうだ。 山瀬にセッティングに時間が掛かったことを詫びつつ、報告をする。 「へええ、あの文章書く人が仙人のような生活をねぇ。ますます会うのが楽しみになってきた。他に分かってることは?」 「成人、男性。それだけです。仙人というか、引きこもりなんじゃないですかね。20日の午後1時から、月野珈琲店の個室を押さえてあります」 喫茶店ながらいくつか個室が用意されており、軽い打ち合わせなどでよく使う店の名を挙げた。 「サンキュ。じゃあ、当日よろしく」 山瀬は機嫌よく頷いた。 征治はユニコルノで、社長の秘書業務と総務、人事全般を担っている。 父親の起こした問題のせいでどこにも就職が決まらず困っていたところを、大学の先輩である山瀬に拾ってもらった。 征治が入社した6年前は、正社員はたったの5人で、征治は一人で経理を含めありとあらゆるスタッフファンクションをこなした。というのも、征治以外の者は山瀬と一緒に会社を立ち上げた技術屋ばかりで、征治が入ったことで助かったとばかりに本業に専念し始めたからだ。 今は売り上げの種類も多岐にわたり、資金繰りも複雑化しているので、金に関することは専任の者がいるし、広報と営業を担当する者もいる。 ただ、社長の山瀬が秘書としてというより、相談相手として征治を多用するので結果的に社内の全般に首を突っ込む結果になっていた。 熱くなりがちな社長の手綱を握る冷静沈着な秘書として、特にやっかみなどは受けていない気はするが、ユニコルノが今後もっと大きくなれば考えなければいけないだろう。 どうも山瀬は自分に甘い気がするのだ。 秦野青嵐との顔合わせの前日、征治は出張先の北海道で足止めを食らっていた。季節外れの暴風雪により、航空機が飛ばなくなってしまったのだ。 社長に明日の朝、飛行機が飛び次第東京へ戻ると連絡を入れる。場合によっては打ち合わせに間に合わないかもしれない。代わりの者に同行してもらうべきだろうか。 「まあ、仕方がない。俺一人で行ってくるよ。少し遅れても来られるといいな」 元々、山瀬が秦野青嵐に会いたかっただけだからか、あっさりと言う。 ではなぜ、今回は征治にも同席を勧めたのか今更になって気になったが、それは明日打ち合わせに間に合えばわかるかも知れないので、口には出さなかった。

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