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第16話
ここで、吉沢は長い話を一旦切った。
「一方的に話してしまってすいません。少し、お食事を進めてください」
吉沢はそう言って、瓶ビールを征治の方へ傾ける。グラスで杯を受けながら征治は尋ねてみた。
「もしかして、秦野さんのあのタブレットの会話のシステムを組んであげたのは吉沢さんですか?」
「ええ、そうです。そう難しいものではないですしね。あれを作ってから手書きで書いたメモを見せていたころよりも、彼の人とのコミュニケーションの幅が広がったような気がします」
そういって、にっこりと笑う。
ここまでの話を聞いて、征治はさっぱりわからないと思っていた秦野の事が少し理解できた気がした。感受性の高い少年(青年?)から声を奪ったひどい精神的ショック。きっとそれがあの彼を取り巻く暗いベールの原因に違いない。
しかし、彼はこの吉沢という男に出会って救われてきたのだろう。
「秦野さんはとてもいい友人を持ちましたね」
そう言いながら征治はきっと秦野にとっての吉沢は、自分にとっての山瀬のような存在なのだろうと思った。
征治は吉沢の話に引き込まれながらも、先程から自分の頭の片隅に何か不安を煽るようなものがあると感じていた。
何が、と具体的には判らないのだが、夜寝ているときに遠くから聞こえてくる救急車や消防車のサイレンが風向きによって強くなったり弱くなったりしながら漂ってくるあれに似ている。物悲しいような音階でよくない事が起きたことを知らせているあれが、頭の中で鳴り続けているようだ。
そこで、ふと我に返った。吉沢は自分に聞きたいことがあるといっていたはずだ。
「あの、篠田さんから最近秦野さんの様子がおかしいと聞きました。どうされたんですか?それで私に聞きたいことがあったんですよね?」
吉沢は箸を置いて、難しい面持ちになった。
「先程もお話したとおり、少し前の彼は非常に前向きになっていて、自分の問題を解決しようという姿勢を見せていました。ユニコルノさんから会いたいと言われたときも、躊躇いながらも会ってみようと最後は自分で決めました」
征治は頷く。
「ところが、ユニコルノさんとの会談の後、突然、彼は少しずつ進んできた何年分をも逆行するように自分の中に閉じこもってしまいました。
まず、篠田君に今雑誌に書いている連載が終わったら、執筆活動はやめると連絡してきました。驚いた篠田君が家を訪問してもドアすら開けてくれなかったそうです。最初から彼を担当している篠田君は色々事情を知っているので、私のところに連絡してきました。私からも連絡を入れてみましたが、今度は声を出す治療は受けないという返事がきました。
私たちは何が突然彼を変えるきっかけになったのか探りました。そして、一つの仮説を立てました」
なんだろう?
「松平さんが何かの引き金になったのでは、と考えたのです」
「私、ですか!?」
我ながら素っ頓狂な声が出た。
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