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第17話
「篠田君が思い返すに、先に来ていた社長の山瀬さんと話しているときは非常にリラックスしていて、山瀬さんの冗談に笑顔もみせていた。ところが、松平さんが登場した途端、彼はグラスをひっくり返し、完全に落ち着きを失くし、挙句の果てに部屋を飛び出していった。普段の彼からはあまり想像できない行動だと。私もそう思いました」
「でも、私は秦野さんに何も話していないし、彼にショックをあたえるようなことはした覚えがありません」
「ええ、分かっています。それは篠田君もそう言っていました。では、なぜ彼はあんなに動揺して、殻に閉じこもってしまったのか。私の考えた仮説は、あなたが彼の過去に繋がる人なのではないか、ということです」
秦野の過去?
「松平さん、彼は私の大切な友人です。彼が苦しんでいるのなら何としても助けたい。今から私がしようとしていることを知ったら、彼は怒るかもしれない。でも、私は彼の過去を知ることによって彼の苦しみを解放する術 が見つかるなら、試してみる価値はあると思うんです」
ここで、吉沢は一呼吸おいた。
「松平さん、風見陽向(カザミ ヒナタ)という人物を知っていますか?」
カザミ ヒナタ
ドクンという心臓の音が聞こえたと思った次の瞬間、征治の頭に一度に写真を何百枚もぶちまけられたように、ぶわわっと映像がなだれ込んできた。
河原でススキを振り回して笑っている小さな男の子、
葬式で棺桶に縋りついて泣いている少年、
白い子犬とじゃれあいころころと笑う少年、
本を読み聞かせる征治の声に耳を澄ませる姿、
河原で膝を抱えて遠くを見続ける寂しげな背中、
血だらけで倒れている白い犬、
血に染まった金属バット、
返り血を浴び固まっている少年、
ガラス玉のように瞳をキラキラさせながら「征治さん」と呼ぶ愛らしい唇、
虚ろな目で大きな男に覆いかぶさられている姿。
一気に大量のデータが流れ込み、征治は思わず額に手を当てて呻いた。
「大丈夫ですか?」
吉沢が声を掛け、グラスにピッチャーから水を注いで渡してくれた。
受け取ったグラスを半分ほど空にして、征治はふうと息をついた。
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