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第19話

「・・・作家の秦野青嵐の本名は、風見陽向です。でも、あなたはなぜ彼を見た時、何も思い出さなかったのでしょう?一緒に暮らしていたんですよね?全くその頃の面影がないのか・・・だが、風見君があなたを見て急変したのだから・・・きっとそうなのではないでしょうか。当時の風見君は声は出せたのですか?」 また嫌な汗が滲みだしたのを感じる。 「陽向が小太郎を殴り殺したので・・・」 「え?」 「彼が中学の時に・・・私の愛犬を金属バットで殴り殺したんです。それで・・・」 先程の映像が蘇る。 口から血を出して倒れている小太郎、庭に集まった人々、すぐそばに落ちていた血だらけの金属バット、そして白いシャツを真っ赤に染めて固まっている少年。 あれは陽向だ。だが、その顔の部分だけフィルターが掛かったようにぼやけていて見えない。 なぜだ!?お前と俺はあんなに心を許しあっていて、その日も一緒に小太郎の散歩に行こうと約束していたのに、俺が可愛がっていた小太郎にあんなひどいことを! 頭がズキズキと痛み出し、額から汗がしたたり落ちる。 ああ、だが・・・友人である吉沢に軽はずみにこんなことを聞かせるべきでは無かったか? 「吉沢さん」 征治は声を絞り出した。 「すいません、記憶が・・・混乱していて・・・一緒に暮らしていたころの陽向の顔も思い出せません。時系列もあやふやで・・・何かもっと大事なこともあった気がするんです。少しお時間をいただいて、頭を整理させていただけませんか?」 征治のただならぬ様子に、吉沢は頷いた。 「ええ、そうしましょう。私は風見君のトラウマの原因を知りたくて松平さんに協力していただけたらと思ったのですが、もしかしたらそれは松平さんご自身の辛い記憶にも繋がっていたのかもしれません。それを無理に掘り起こさせてしまったのだとしたら申し訳ない」 結局、その夜はそれでお開きとなった。征治は陽向に関する記憶が整理出来たら必ず連絡をいれると吉沢に約束して別れた。

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