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<第3章>   第20話

家に帰り着くと、征治はスーツのまま、どさっとソファーに倒れこんだ。 疲れていた。頭の中が色々なデータで溢れている。ぬるめの風呂にゆっくり浸かってリラックスしなければとても眠れそうになかった。 しかし、風呂に入っても寝酒をあおっても、脳の興奮状態は収まらず、とうとう寝るのを諦めた。 どうせ、明日は休みだ。いっそのこと吉沢に協力できるように記憶の整理に努めることにする。吉沢の為だけではない。それが自分にとってもとても重要なことだという予感がしていた。 しかし・・・秦野青嵐が風見陽向だったとは。 確かに一度目に会った時は俯いている顔と横顔ばかりだったし、2度目に会った時は大きなマスクで覆われていた。だが征治が気づかなかったのは彼の風貌があまりにも昔と変わっていたせいもある。 昔は髪は短く刈り込まれていたし、何よりとても小さかったのだ。最後に陽向を見たのは彼が高校3年の時だが、その時も隣に立つ弟の肩にも届かず顔も童顔で中学生のようだった。だが、公園で向き合った時、彼の目線は178㎝の征治とそう変わらないところにあったのだ。 それに、山瀬との会話から秦野が口をきけなくなった理由が病気だと勝手に思い込んでいたのもある。 陽向の事は忘れていたわけではない。意図的に彼に関する記憶を意識の奥底に沈め、思い出さぬよう封印していたのだ。 山瀬に言われたように父親の事件は自分に大きな影響を与えたが、人に裏切られ失望したのはそれが初めてではなかった。 あの日、一番心が近いと思っていた陽向から裏切られた。 あの頃、征治は陽向に恋をしていた。陽向も自分を慕ってくれていると信じていた。まだ半分少年のような自分たちの間にあったのは、どぎまぎしながら絡み合う視線とたまに偶然を装って触れる指先。誰もいない木陰でそっと抱き合ったことと、数えるほどの啄む様なキスだけだ。 それでもそんな甘やかな時間が続いていくと信じていたのに、突然の裏切りによってあっけなく終わりがやってきた。 だが、心のどこかでは陽向の事を許し始めていたのかもしれない。2度目、3度目の裏切りをまさに『裏切られた』と思ったのだから。わずかでも相手を信じていたからこその『裏切り』だったのだろうから。 3度目の『裏切り』を知ったとき、征治はもう陽向の事を自分の世界から排除すると決めた。そして、大学でずっと好意をアピールしてきていた女性と初めて交際を始めた。 しかし、その直後に父親の事件が明るみに出て、征治のまわりの世界はひっくりかえり、あっという間に彼女も消え去ったことで、征治の人間不信に駄目押しがされたのだ。

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