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第21話
ソファーにゴロンと横になる。
俺の記憶にある一番幼い陽向は3,4歳か。陽向は同じ歳の子と比べて一回り小さくて、よく笑うかわいい子だった。
この頃の顔ははっきり思い出せる。美人と評判の母親にそっくりで、大きな目をくりくりさせてよく喋る子で・・・家もそう遠くなかったから弟と三人でよく慶田盛の家の庭でかくれんぼをしたし、小学生になってからは河原の土手で近所の子達も一緒になってよく遊んだ。
学校ではいつも学年で一番背が低くて体の大きな弟に「ちびすけ」とよくからかわれていたっけ。
ちょっと夢見る少年みたいなところがあって、征治に「幸せ探し遊び」を一緒にやろうよとよくせがんだ。
「お母さんがね、教えてくれたんだ。世の中には幸せを探すのが得意な人と苦手な人がいるんだって。宝探しゲームみたいにね、あっちこっちに幸せは潜んでるんだけど、それをたくさん見つけられた人ほど幸せになれるんだって」
目をキラキラさせて話す陽向はかわいい。
「僕のお母さんは幸せ探しがとっても上手いんだよ。だから、今、とっても幸せなんだって!」
最初は口々に手に持ったススキを振り回しながら、
「今までで一番大きなシャボン玉ができたから、幸せ!」
「学校の計算テストで満点を取ってお母さんに褒められたから、幸せ!」
などど言い合っていた小さい子たちは、ひとしきり盛り上がるとすぐに飽きて鬼ごっごを始め走り出す。
年長の部類に入る征治はまだ続きをやりたそうな陽向に付き合ってやった。
「そういえば、陽向みたいに幸せ探しの上手な女の子が出てくる話を読んだことがあるよ。
その子はね、朝が来るとどんな朝だっていいと思えるんだ。その日にどんな事が起こるかわからないから色々想像できるからって。
他にもね、何かを楽しみに待つということが、そのうれしいことの半分だって。そのことは実現しないかもしれないけど、でもそれを待つときの楽しさだけはまちがいなく自分のものだって。
ちょっと難しいかな?」
「ううん、すごくいいね、それ!他にもあるの?」
「色々あるよ。『赤毛のアン』って聞いたことない?」
「幼稚園の頃、絵本で読んだけど、そんなの載ってなかったよ?」
と不満げに陽向は口をとがらせる。
「きっと小さい子向けに簡単にしてあったんだね。僕の読んだものは陽向が読むにはちょっと難しいから・・・今度、うちで読んであげようか?」
「本当!?読んで読んで!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる陽向のはしゃぎ様は、思わず笑ってしまうほどだった。
それから征治は度々家を訪れる陽向に縁側で読み聞かせをしてやるようになった。その時はたいてい、弟も傍にやってきて同じように聞いている。
「赤毛のアン」が読み終わると、次は幸せ探し繋がりで「青い鳥」を読んだ。
征治の母は子供の頃から病弱で、祖父からたくさんの本を買い与えられていたので、家には書庫があった。また、教養は人間の幅を広げるという祖父の考えや、何としても最高の学歴を息子につけたいと考えている父親の元で、書籍に関しては好きなだけ小遣いを使ってよいと言われていたので、本はふんだんにあった。
次々と面白そうな本を読んでやったが、中学年になると陽向はこれからは自分で読むから本を貸してほしいと言った。
読み聞かせる自分の顔を、二人が覗き込みながら耳を傾けている時間が好きだった征治はすこし寂しく感じたが、地元の名門私立中学受験のための塾通いが大変になってきていたのも事実だった。
会う頻度はぐっと少なくなったが、時々本を借りにやって来る陽向は相変わらず「征治さん、征治さん」と懐き、可愛かった。
そんな陽向を悲劇が襲ったのは、陽向が4年生の冬だった。
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