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第22話
父親が、亡くなったのだ。
生活圏から遠く離れた山道で、車ごとガードレールを突き破って崖下へ転落。周りの人々は衝撃を受けるとともに何故そんなところへ行ったのだと疑問を持った。
しかし、警察の調べで現場にブレーキ痕が無かったことがわかり、征治の父親もそんな場所に社の用事は無かったと証言すると、自殺だったのだろうと言うことになった。
征治も参列した葬式で、陽向は火葬場に運ばれようとする父親の棺桶に縋りつき、「お父さんは僕と次の休みに出掛ける約束をしていたんだから、絶対に自殺なんかじゃない!!」と泣き叫んだ。
その様子は多くの人の涙を誘ったが、陽向の言葉は大人が子供によく使う方便だと捉えられたようだった。
時間をかけて少しずつ陽向が元気を取り戻し始めたころ。
入試も終わり無事合格した征治は、これで好きな本も読み放題だと本屋へ出かけた。
帰りに川沿いの道を歩いていると、子供たちが数人集まって騒いでいる。その中に弟と陽向の姿を認め、近づいてどうしたんだと声を掛けた。
子供たちの真ん中には段ボールがあり、その中に白い子犬が丸まっている。皆が口々に説明するには、捨てられていた子犬を別の少年たちが突っついておもちゃにしていたので助けたが、この後どうしたらいいのか分からず困っているというのだ。
「みんなでこの河原で飼おうよ」
「このまま放っておいたら、凍えてすぐに死んじゃうよ」
「大人に見つかったら、保健所に連れて行かれて処分されちゃうんでしょ?」
皆がしかめっ面をして話し合っている。
「助けてあげたいけど、うちでは飼えないし・・・」
陽向が子犬を抱き上げ切なそうに見つめる。父親が亡くなってから、風見母子は小さなアパートに引っ越しをしていた。
「ちょっと抱かせてくれる?」
征治が言うと、陽向は大事そうに白い塊を征治に手渡した。
征治は子犬の鼻を自分の鼻の高さまで持ち上げた。見た目は真っ白で、紀州犬のようだ。真っ黒な瞳は濡れているようで、垂れた耳とまだ短いひょろんとした尻尾が何とも愛嬌がある。
「お前、可愛いな。うちの子になるか?」
征治が話しかけると、まるで返事をするように子犬がきゅーんと鳴いた。みんなの顔がぱあっと明るくなる。
「うちで飼えないか相談してみるよ。勝 、お前もちゃんと世話をするって援護射撃しろよ?」
と弟に言うと、むっつりと頷く。
そうして連れ帰った子犬を飼いたいと両親に言った。
母は、すぐに「可愛いわねえ」と子犬の虜になり反対する様子はなかった。父は予想通り渋い顔をし、どうせ飼うならもっと血統書付きの見栄えのいい犬にしろと言ったが、
「受験の合格祝い、この子がいいよ」
と、征治が言うと、合格したら何でも買ってやるといっていた手前、家の中では飼わないこと、ちゃんと躾をすることを条件に了承した。
弟と相談して子犬の名前は『小太郎 』にした。
小太郎はあっという間に慶田盛家のアイドルになった。征治や弟だけでなく、家の使用人たちにも可愛がられ、同じ敷地の離れに住んでいる祖父も庭に出てきては「おい、小太郎、元気か?」などと構った。
陽向も頻繁に遊びに来た。母親が働きだして、昼間はずっと一人なのだ。小太郎とじゃれて笑っている陽向を見ると征治はほっとした。こうやって少しずつでも陽向が癒されますように。そう願った。
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