23 / 276
第23話
中学に入学してすぐ、征治は弟と陽向に向かって言った。
「俺もなるべく小太郎の世話をするつもりだけど、これから学校がずっと遠くなるし部活もあるから、平日は二人に小太郎の事、頼んでもいいか?」
無口な弟は黙って頷き、陽向は「もちろん!」と嬉しそうに声をあげた。
征治のこの依頼の陰には祖父の言葉があった。皆で庭で小太郎と遊んでいると横で見ていた祖父が征治に言ったのだ。
「陽向は小太郎と遊んでおるときは辛いことも忘れられるように見えるな。私は風見の葬式の時の陽向の姿が忘れられんよ。征治、これからも陽向をここに呼んでやりなさい」
征治は陽向の事を三人目の孫のように思っている祖父の言葉が嬉しかった。そして、陽向がここへ頻繁に顔を出すことは、陽向にとっても、風見さんの死をとても悲しんでいる祖父にとってもいいことだと思ったのだ。
そうして、平日は弟と陽向が、週末は征治と陽向が小太郎の散歩をするというスタイルが定着した。
平日も時々、陽向は庭先で征治が帰宅するのを待っていて、「今日のコタはねえ」と小太郎の様子を報告する。その身振り手振りを交えて目をキラキラさせ表情豊かに話す様子に、征治は何度も「かわいいなあ」と思った。同じ歳の無口で不愛想な弟とは随分違ったのだ。
週末の陽向との散歩はもっと楽しかった。陽向はとてもはしゃいで、よく喋った。陽向の高揚が小太郎にも伝わるのか、いつも以上に白いふさふさした尻尾を振り征治に飛びついてくる。
「コタも征治さんが大好きなんだよね!」
小太郎の首にかじりつき頬ずりする陽向の言葉に、どきんとした。
コタもって、陽向も俺の事好き?
小学5年生の男子に言われて喜ぶ言葉じゃないはずなのに、陽向はきっと変な意味で言ったんじゃないと思うのに、心臓がトクトクいっている。
誤魔化すように征治は言った。
「もう、小太郎の首輪が一番大きな穴でもきつくなりそうだね。次の週末、一緒に新しい首輪を買いに行こうか」
「うん!」
満面の笑みで征治を見上げてくる陽向に、また心臓がどきんと跳ねた。
それからの征治は部活が終わると、『今日も陽向が待っていてくれますように』といそいそと家に帰るようになった。
小太郎は敷地内で放し飼いにされていて、征治が門を開ける音を聞くとどこにいても全速力で走って来る。後から遅れて走って来る陽向の姿が見えた日は気分が上がり、そうでない日はあからさまにがっかりした。
そして週末の散歩は更に待ち遠しくてたまらなくなった。
前日の夜はそわそわして落ち着かず、腹の中がもやもやと不思議な感じがする。
一緒に散歩に行ったら行ったで、陽向の顔から目が離せず、手を繋ぎたいという欲求が沸いてくるのを押さえるのに苦労した。
俺は、こんな小さな男の子に恋をしちゃったのだろうか?自分でも不安になりながらも、陽向に会った時の心の高揚は抑えられない。
そして、とうとう決定的なことが起こる。
いつものように二人で小太郎の散歩に出かけ、とうとう我慢できずに征治は陽向の手をそっと握ったのだ。少し驚いた顔をして振り向いた陽向は、ギュッと手を握り返しにっこりと笑ってくれた。胸が激しく高鳴る。ああ、陽向、陽向!
とても幸せな気分でいたところに目覚まし時計の音がけたたましく鳴り響き、それは夢であったと知る。そして、征治は自分の股間がべたべたと濡れていることに愕然としたのだった。
こんなことしちゃって、今度会った時まともに陽向の顔が見られるだろうか。かと言って会いたい気持ちは変わらない。征治は自分に、ちゃんといつも通り普通に接するんだぞと言い聞かせた。しかし、征治のそんな心配は杞憂に終わる。
陽向にまたもや悲劇が襲い掛かったのだ。
ともだちにシェアしよう!