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ワンライ⑥
お題:嘘だと言ってくれ、人違い、桜色
こんな時間に普段は鳴らない携帯の着信音が部屋に響いて、なんだか胸騒ぎがした。
画面を確認すると、やっぱり知らない番号だった。固定電話からの着信に、出るか出まいか数秒悩んで画面の通話をタップした。
「水越 琢磨 さんの携帯でよろしいですか?」
はい、と出た瞬間に勢いよく慌てるように話し出した女の人の声。
何度か頷いた後に聞かされた言葉に頭が真っ白になった。
そこからの記憶が曖昧で、俺はどうやってここまで来たのか分からないけど、薄暗く静まりかえった病院のロビーに座っていた。
甘利 卓 さん、ご存じですよね?甘利さんが交通事故に巻き込まれて今こちらに運ばれてきています。今すぐ来られますか?
卓と俺は付き合いだしてもう十年、同棲しはじめて五年になる。
今の日本の法律だと同性同士の結婚は出来ない。早くに両親を亡くしている卓の過去も未来も俺が責任を持つとプロポーズしたのが二週間前。勿論、卓は喜んで了承してくれた。
だから、お互いの身に何か起きたら一番に連絡をもらえるよう工夫してきていた。
何もないに越したことはないけど、まさか本当に役立つ日が来るとは思わなかった。
バイクに乗っていた甘利さんは飲酒運転の車に突っ込まれて重体です。
うな垂れた頭の中で何度も何度もその言葉が繰り返される。
自分がいくら気を付けていても、向こうから突っ込まれたらどうにもならない。どの位の怪我なのか全く検討も見当もつかなかったけど、説明を受けた看護士の雰囲気から感じ取る分には、あまりいいとは言えなそうだ。
受験の時だってこんなに願ったことはないくらい、卓の無事を一生懸命祈った。
神様なんて信じてないけど、何でもするから卓を助けてくれと頼んだ。
勝手に溢れてくる涙が目を腫らした頃、手術室から出てきた執刀医が俺の方に歩いてくるのが見えて、慌てて卓の事を聞き出そうと先生に迫った。
「全力を尽くしたのですが─────」
違う。俺が聞きたい言葉はそれじゃない。
「内臓の損傷が酷く、運ばれてきたときには既に手遅れでした」
誰か、誰でもいいから、嘘だと言ってくれ・・・。
深く頭を下げた先生が立ち去り、俺は力無く椅子に座った。
卓が死んだ。
その後、綺麗に処置された卓に会ったけど、ほっぺたにちょっと傷があるくらいで、まだ生きているよう。
バッと起き上がって、なんちゃって~とか言ってはくれないか。
問い掛けに一切答えず、静かに眠る卓の傍で俺は泣きじゃくった。
***
季節が巡るのはとても早く、広くなった部屋からよく見える、桜色の花が今年も満開だ。
この窓から見える桜が気に入ってこの部屋を借りた。毎年、特等席のこの部屋で花見をしたっけ。
桜がよく見える窓を閉めて、俺は用意した花を手に家を出た。
見慣れた街中を歩いていると急に突風が吹き、桜の花弁が沢山舞った。凄い風に目を細くしてしかめっ面になった視界に、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「嘘・・だろ・・」
俺は急いで走って、ずっと会いたかった後ろ姿に声を掛けたけど、振り向いた顔は全く別で人違いだった。
「っ、俺何やってんだろ・・卓がいるわけないじゃん・・」
卓が隣からいなくなってもう三年も経つのに、未だに受け入れられない自分がいることを痛感させられる。
「ああ!ダメだ!ダメだ!こんなんじゃ卓が悲しむ!」
頭を掻きむしって気持ちを切り替える。
毎年欠かさずしていた花見をするために、卓の好物を買い込み、俺は卓に会いに行く。
[end]
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