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ワンライ④

お題:またいつか、桜、思い出 人里から少し山道を登ったところに拓けた野原があった。暗ったい山道から突然現れるそこは、まるで別世界にも感じられる。 そこには花を咲き乱れさせた立派なしだれ桜が一本あった。淡いピンク色の花を沢山つけたその姿は見事だ。 垂れていく枝に沿うように視線を落とすと、根っこの近くに小さな祠が見える。もう長い間誰も世話をしていないのかボロボロだ。 「はあ・・・」 風の音にも似た溜息が聞こえると、祠に寄りかかり座り込んでいる人が見えた。 しかし、その顔には口から上を隠すように狐の面がしてあり、着ている服も狩衣で髪は銀髪。村の住民達とは少し違った。 また溜息でもつくのだろうか、息を吸うと肩が上がった。 「あー、つまらない」 ビクリと体が動くと見上げていた顔がこちらを見た。 ───びっくりした・・・気持ちを読まれたのかと。 自分もそう言おうとしていたのか、よそから聞こえた声に跳ねた心臓を押さえている。 ───うわ・・・人間・・。 「お狐様?」 「ひっ!?」 学ランを着た村の子は、ちらりと桜を眺めてすぐに祠へ視線を移した。 「わ、わ、私が見えるのかっ?」 引きつった声で言えば人間はおかしそうに笑い出した。 「俺がもっと小さい頃に一度会ったの覚えてない?」 ────もし今度また会えたらさ!顔見せてよね!お狐様! ────またいつか会えたらね。 学生は緑の葉を踏みしめて祠に近づき、お狐様の直ぐ傍まで歩み寄った。 「森の奥のしだれ桜にはお狐様がいるんだって。見たんだって言っても誰も信じてくれなくて、おかしな奴っていじめられたっけ」 風で揺れる桜を見上げると、学生はぽつりぽつりと話し出した。 「回りに合わせてここに来るのをずっと我慢してて、またいつか会いたいってずっと思ってて。思い出を頼りに会いたい会いたいって思ったら本当に会えた」 「あっ」 学生はお狐様の白くて細い手をそっと握った。 「俺、今日で高校卒業なんだ。みんな村を出るんだって」 「そう・・か」 「俺は残るよ。お狐様がいるこの村が好きだし、お狐様が好きなんだ。この祠も綺麗に直して毎日会いにくる。だから顔みせてよ。約束覚えてるよね?」 顔を見せてと言われ咄嗟に手を引いたが、引かれる力の方が強くてお狐様は立ち上がる形になり、二人の距離がぐっと縮まる。 「や、約束なんてしてないぞっ」 「したよ」 逃げられないように腰を抱き寄せ、お面の端に指を掛けた。 「ばっ、バチが当たるぞっ!」 「いいよ」 お面を頭の上までずらして恥ずかしそうに真っ赤な顔のお狐様に口付けた。 顔を見るだけだと言ったのに、予期せぬ事にお狐様は当たり前に驚いて言葉を失っている。 「お狐様、ずっとここに居てよ。俺もずっとこの村にいるから。一人じゃないから」 時代と共に存在を忘れられ、なんて薄情な生き物だと人間を毛嫌いしていたお狐様だったが、優しく囁くこの人間は皆と違うと感じた。 つまらない思いも、寂しい思いもしなくて済むのか・・・。 お狐様が恐る恐る背中に手を回し学ランを掴むと、学生は嬉しそうに笑った。 [end]

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