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朝起きて、お弁当と朝食を作って父さんを起こしたら、ご飯を食べて自転車で学校に向かう。いつもと変わらない日々。
大地先生と一緒に暮らすようになったら、他愛もない話をしながらキッチンに二人で立って、ご飯を作ったりできるんだろうか。そう思うと苦でなかった坂道が、いつしかまた、徐々に元に戻っていく。
同居の話が出てから一か月余り経ち、今も父さんは空海の説得を続けている。
「基、おはよ」
「おはよう」
駐輪場に自転車を停めていると、同じく自転車で通学しているクラスメイトの古庄が声をかけてくれる。
「基、どうした?今日は一段と疲れた顔してんな?」
「そう、かな?」
「そうだよ。ほれ、飴やるから食え」
古庄がカバンのサイドポケットから飴を取り出し、手渡してくれる。今日はイチゴ味。そう言えば大地先生はお菓子も作るのかな。早く、一緒に料理がしたい。
「なあ。数学の宿題で分かんなかったとこあんだけど。基わかったか?」
「もしかして、三問目?」
「そうそう、それ」
そんな会話をしながらオレと古庄は、駐輪場から校庭の脇を通り教室向かう。
「あれ、オレもわかんなくて」
「基もかー。あ、明日の英語は?もうやった?まだだったら基の家でやっていい?」
「うん。いいよ。その代わり、夕飯の買い出し付き合ってね」
「もちろん」
授業が終わってから、オレは古庄とスーパーで買い物を済ませ、一緒にうちに向かう。
リビングでああでもないこうでもないと知恵を出し合い、一時間ほどかけて宿題を終わらせると、古庄は盛大な息を漏らしソファーにもたれ掛かった。
「疲れたぁー!」
「お疲れさま。もう少ししたら夕飯の支度するから待ってて」
「おー。ありがとな」
今日は古庄のリクエストでトンカツと茶碗蒸し。ご飯はさっきタイマーで予約したから、後はメインを作るだけ。
「オレ、着替えてくるよ」
「おう!」
ソファーにもたれ掛かったまま手を振る古庄とは、高校に入ってから知りあった。
入学当初。出席番号順に座ったオレ達は、コショウとシオヅで出席番号が並んでて、席が前後だった。古庄は進学と同時に学校の近くに引っ越してたそうで。オレはまだその時は前の家に住んでたから、電車通学してた。だから暫くはただのクラスメイトって感じだったんだけど。一学期の終わりごろ、今の家に越してきて駐輪場で会って以来、良く話しかけて来てくれるようになった。
オレも古庄もスペックはどっこいどっこい。学力も同じくらいの平均並みで、身長も同じくらい。まぁ、古庄の方が骨太で男っぽさは有るんだけど。
お互いコツコツと努力するタイプで、勉強の話をしたり一緒に帰る様になって、気づけばいつも隣に居る。そんな中、古庄の家が共働きで夕飯は一人だって聞いて以来、勉強がてら夕食に誘うようになった。
オレは部屋で適当な部屋着に着替えてから、着ていたワイシャツを持って脱衣所に向う。そして、洗濯カゴに入った父さんの洗濯物とまとめて洗濯機に放り込み、ボタンを押してキッチンへ。
エプロンを付けて冷蔵庫から必要な食材を出していると、古庄は決まってダイニングテーブルに移動してくる。
「なんか、手伝えることある?」
「ん〜。じゃあ、茶わん蒸し作って貰おうかな。まずはボールに卵溶いて、後はお出汁とか用意するからどんどんまぜちゃって。あ、エプロンもちゃんとつけてね」
「おっけ」
オレは古庄にボールと卵を渡し、白だしや具材を用意してはテーブルに置いていく。
「俺も、料理作れるように勉強しようかな……?」
「作れるに越したことはないけど、どうしたの?急に」
「まあ、なんとなく?大学に行ったら一人暮らしとかするかもじゃん?」
「もう、進路決めたの?」
「はは……まだだけど。基は?決めてる?」
古庄は時折、進路の話をする。まあ、高校二年もなれば当たり前なんだろうけど。
「まだ、考えてる最中」
「だよな。休みの日とかさ。練習付き合ってくれたりする?」
「まあ、それは良いけど……」
まだ決定はしていないけれど、近い将来。この家には大地先生たちが来る。そうしたら、気軽に古庄を家に呼べなくなる。
「なら、さっそく今週末から始めない?」
「よっしゃ!」
その週末。古庄は宿題も一緒にやろうと言って、お昼過ぎにやって来た。
「いらっしゃい」
「お邪魔します。親父さんは?」
「出かけてるよ」
「そっか。あれ?基。なんか作ってたん?甘い良い香りがする」
リビングに入るとすぐに古庄は鼻先を動かし、水切り籠の中にある見慣れない物に首を捻る。
「うん。チーズケーキ。後で一緒に食べよう」
「基は、お菓子も作れるのかよ!」
「いや。初めて作ったから、うまく出来てるかどうかは分からないけど」
「いやいや、すげーよ」
瞳を輝かせて興奮する古庄に、なんだか照れくささを感じる。オレは昔から友達がいないわけではないが、どこかお互いに距離があった。自分から家に招いたのも古庄が初めてで、親友と呼べるのも古庄が初めて。
「さっそく、宿題から始めようか?」
「おーけー、おーけー」
リビングのテーブルで教科書と参考書。そしてプリントを広げる。数学はどんどんと難しくなって、参考書でも補いきれない時もある。本当に毎回、頭を悩ませる大作業。
「基、基」
教科書と参考書を交互に睨みつけていると、古庄が含み笑いをしながらスマホの画面を見せてくる。
「なに?」
「最近知ったんだけど、コレ、すげぇ便利でさ」
そう言いながら古庄が画面をタップし、暫くして流れた動画に目を奪われた。
「へぇ~。これいいね」
「だろ?色んな人が動画投稿してるから、基も見てみろよ」
こんなやり方があるなんて知らなかった。動画サイトには色々な先生や大学生の講義がアップされてて、物凄くかみ砕いて分かりやすく説明する人もいれば、ただ淡々と問題を解いていく人もいる。
「あ、この人。分かりやすいかも」
「そうか~?なんか、なれなれしくないか?」
「なにそれ」
動画を見ては先生の好みを話し、巻き戻したり、止めたりを繰り返し、数学が終わった頃には夕方になっていた。
「だぁー!」
ソファーに頭を預けて大の字で伸びている古庄のポーズが、毎回一緒なのがちょっとおもしろい。
「夕飯作る前に、休憩しようか」
「だな~」
席を立ったオレの後ろを古庄も付いて来て、いつもの様にダイニングテーブルに座る。そしてケーキを用意するオレを見ながら楽しそうに笑う。
「おまたせ」
「おう、待ってました」
テーブルに置いたケーキと麦茶の入ったコップ。それを前にオレも席に着く。紅茶とか気の利いた物もあればいいんだけど、うちは父さんも含め紅茶もコーヒーもほとんど飲まない。チーズケーキと麦茶ってどうなんだろ。
「基、どうした?」
「なんかチーズケーキと麦茶の組み合わせって変だな~と思って」
「ん?そうか?俺は気にならないけど?それよりも、これ旨いよ!」
「本当に?良かった……」
満面の笑みで頬張る古庄を見ながら、オレもケーキの先にフォークを入れる。しっとりとして濃厚なチーズケーキ。スマホを睨みながら、見様見真似で作ったけど、なんとか成功したみたい。
「はぁ~。美味かった。悪いな。俺のためにケーキまで用意してもらって」
「え?あ、ううん……」
僅かな沈黙。その間に古庄の顔はみるみる赤くなっていく。
「や、悪い。勘違いだな。勘違い。別に俺の為に作ったわけじゃないよな!あは、あはは……」
勘違いしたことがそんなにも恥ずかしかったのか、わざとらしく笑う古庄は、麦茶をぐびぐびと飲み干しふっと小さく息を漏らす。
「古庄……あのね……」
このケーキは古庄の為に作ったんじゃない。父さんが大地先生の所に行くのに手土産として作った。もし古庄に父さんたちの事を打ち明けたら、古庄は理解してくれるだろうか。
「な、なんだ……?」
父さんの恋人が男性で、その人がオレの初恋相手だと言う事を。でも何をどう話したらいいか分からない。
「ううん。なんでもない。来週も作るよ。今度は古庄の食べたい物」
「お、おお……」
未だに顔の赤い古庄は、息を吸うとニンマリと笑いオレのケーキをごっそりと奪っていった。
「ん、うまい!」
古庄の笑顔にオレも釣られて笑い。本日のメニュー。豚の生姜焼きの手順を簡単に説明すると改めてキッチンに立つ。
「じゃ、まずは玉ねぎからね。外側に切れ目入れたら皮向いて、くし切りして。あ、くし切りって言うのはね」
指で切り方を教えて、古庄はうんうんと頷く。
「よっしゃ!」
そう言って古庄は言われた通りに包丁を入れる。皮を剥いて半分に切ったらここからが問題。オレも初めて料理をした時そうだったけど、厚さとか気にしてもたつくと目に染みてくる。
「今は太さとか気にしなくていいから、一気に切って」
「わ、分かった……」
慣れてないせいもあって、恐る恐る包丁を玉ねぎに差し込む古庄。古庄が来る前に冷蔵庫で冷やしたり、包丁を水で冷やしたり対策はしたけれど、それでもボロボロと涙を流しながら玉ねぎを切る古庄になんだが笑みが零れてくる。
「うう……目いってぇ……」
楽しい。誰かと一緒に料理を作るのってすごく楽しい。
悪戦苦闘しながら出来上がった豚の生姜焼きに、千切りとは程遠いキャベツを添えて。わかめとお豆腐の味噌汁とごはんを前にオレ達は合掌する。
「見た目はアレだけど、味はまあまあだな」
「うん。美味しいね」
ところどころ焦げたりはしてるが、初めてにしては上出来だと思う。
それからオレ達は、料理の話からクラスメイトのお弁当に話が逸れ。誰のお弁当はおいしそうだとか、誰それのお昼ご飯は味気ないなど。古庄は意外に良く見てる。
「……だから、基の弁当が一番美味いと思うんだよな」
「ありがとう」
夕飯を終えたオレと古庄は一緒にお皿を洗って。また少し話をした。
「じゃあ、来週はおやつにガトーショコラと、練習はグラタンな!」
「うん。わかった」
玄関で古庄を見送っていると、鍵穴を動かす音がして開いたドアからは父さんが入って来る。
「お?古庄君。これから帰るのか?」
「はい。お邪魔しました。んじゃ、基、また学校でな」
「うん。気を付けて帰ってね」
オレと父さんで古庄を見送ってから、自然と二人でリビングに向かう。
「ケーキありがとうな。大地も空海も喜んでたよ」
「そっか、なら良かった。来週も古庄にケーキ作る約束したから、持って行って」
「ああ、ありがとう……。なぁ、基も説得するの、手伝ってくれないか……?」
父さんはダイニングテーブルに座って、キッチンでさっき作った豚のしょうが焼きなどを温め直すオレに向かってそう言う。大地先生との生活は楽しみだけど。空海の気持ちを考えたら父さんたちの肩を持つ事はできない。
「……嫌だよ」
換気扇の音と加熱音で父さんに聞こえたかは分からない。数分後、温め終わった料理をダイニングテーブルに運んだオレに、父さんはいつも通り、ありがとう。とだけ言って食べ始めた。
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