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それから数週間が過ぎ。相変わらず難攻不落の空海に父さんは頭を抱えていた。
「おめでとうございます!……のペアチケットですー!」
カランカランとけたたましい音が鳴り響き、腕を忙しなく動かす男性が封筒を手渡してくる。
「……ありがとう、ございます」
ベルの音がうるさくて何が当たったのかよく聞き取れなかった。それよりも、その音のせいで物凄く見られてる気がする。オレは渡された封筒を受け取って足早にその場を離れた。だから、その中身が遊園地のチケットだと家に着いてから知った。
「父さん、これ。スーパーの福引で当たったんだ。遊園地のチケットだって」
「おお、遊園地!いいな!」
「大人用二枚だから、子供用は用意しないとだけど。……って、父さん、オレの話聞いてる?」
父さんは封筒からチケットを取り出し、オレの話もそこそこにスマホを耳に宛がう。
「あ、大地?来週の土曜日、遊園地行かないか?基が福引でチケット当てたんだよ」
オレの名前が出たので正面に座り耳をそばだてると、微かに大地先生の声が聞こえる。
『基くん。凄いね』
大地先生の優しい声で褒められて、ちょっと体がくすぐったい。
「……だろ?ちょっと遠いから、俺が車出すよ」
『じゃぁ、僕はお弁当用意するね』
「あー。それいいな。基も喜ぶよ」
「えっ?ちょっと待って……」
当たり前のようにオレも行く事なってる?でもその日は古庄との約束がある。
「そしたら、駅前のレンタカー屋に七時な」
「ねぇ。父さん、待って……」
父さんはオレを手のひらで制して、どんどんと話を進めていってしまう。
「ちょっと、父さん!」
「そうだな。じゃぁ、おやすみ」
「もう、父さん!」
「なんだよ。遊園地行きたくないのか?」
通話を終えたスマホをテーブルに置いて、ご飯を口に運ぶ父さんはやっぱり勝手だ。
「そうじゃなくって、オレの予定も確認しないで話進めないでよ」
「なんか、用事あったか?」
「なんかって……。毎週土曜日は、古庄が家に来てるでしょ?」
「ああー」
味噌を啜る父さんの目は完全に泳いでる。
「もう大地に話しちゃったし。古庄くんとは日曜日にしてくれ!すまん!」
箸を手に挟んだまま拝む父さんに呆れ。大地先生と出かけたくない訳じゃなかったオレは、古庄に日程をずらして貰うことにした。だから翌朝、自転車置き場で合流した古庄に早速昨日の事を話した。
「古庄。土曜日の事なんだけど」
「うん?」
「日曜日に変えて貰ってもいい?」
「別に良いけど。なんかあった?」
「うん……」
それからオレは、福引で遊園地のチケットが当たったこと。それを父さんに言ったら、一緒に行きたがって勝手に話を進めてしまったことを話した。
「親父さんらしいな。俺の事は気にしないで楽しんでこいよ」
そう言って笑う古庄に心が痛む。オレはまだ肝心な事を古庄に話せてない。
そして迎えた土曜日。なかなか起きてこない父さんをたたき起こして、先ほどまで用意していたおにぎりをラップに包む。お弁当箱にはウインナーと卵焼き。ウインナーはなんとなくだけど、タコさんにしてみた。後は、水筒にお味噌汁を入れるだけ。
「父さん。早くしないと遅刻するよ」
まるでオレの方が楽しみにしてるみたいで嫌なんだけど、毎朝の事だから仕方ない。
「ん~。もう、終わるから待っててくれ」
未だぼさぼさの頭で歯ブラシを口に突っ込みながら、そう言う父さんのどこが良くて、大地先生は好きになったんだろう。
「もう、早くしてよね」
結局、ギリギリに到着したオレ達を大地先生は笑顔で迎えてくれた。だが、空海は怒り心頭で車に乗り込むまでずっと文句を言っていた。
「僕、助手席でナビするよ」
「なんでだよ?大地は俺の隣に決まってるだろ?なんで待たされたのに手伝わなきゃなんないんだよ!」
「あ……」
少し寂しそうな顔をした大地先生を、後部座席に押し込む空海の言い分は最もだと思う。
「父さん。オレが隣座るから。カーナビもあるし、大丈夫でしょ?」
「まあ。そうだな……」
父さんも心なしか寂しそうだけど。今日の目的はあくまで空海の説得。父さんたちのデートじゃない。
「じゃあ、行きますか!」
「早く行け!」
ぶっきらぼうにそう言って運転席をつま先で蹴る空海は、少なからず今日の事は楽しみにしてくれたみたいで、ほっとした。
「あの。朝ごはんって食べました?」
そう言いながら半身乗り出して後部座席を見るオレに、空海は明らかに不満な顔をして舌打ちをする。
「たりめーだろ。お前らみたいにとろとろしてないんだよ!」
「空海!一応、軽く食べてきたけど、基くん達は?」
「まだなので……」
「だと思った!彰さん、朝弱いって言ってたし。だからね。僕。おにぎりと浅漬け持ってきたんだよ」
大地先生は嬉しそうに脇に置いていた大きなトートバックから、巾着を取り出す。そこにはアルミホイルに具が書かれたおにぎりと、小さな保存容器。
「あ、ありがとう、ございます……」
「お!大地の浅漬けは旨いんだよ。これだけで、ご飯一膳はいけるぞ~。基、俺には梅おかかくれ!」
「あ、うん……」
なにがあるのか見てもいないのに、それがあると信じて疑わない父さんと、それを当たり前の様に用意する大地先生。
「基くんも食べてね」
「はい、いただきます……」
綺麗に並んだきゅうりとカブの浅漬けには爪楊枝が何本か刺さっていて、その中からカブを選んで齧ると、程よい塩分の中にほんのりと苦い味がした。
「美味しいです……」
「だろ?昼飯も大地が用意してくれてるから、楽しみにしてろよ~」
「なんで、彰が偉そうに言うんだよ!」
空海の言う通り何故か父さんが自慢げに頷く。オレは自分が持ってきた朝ごはんを出すタイミングを失い。それを抱きしめながら目的地へと向かった。
三時間ほどかけて到着した遊園地は既に込み合っており、駐車場には長蛇の列。それを数十分かけて駐車場に車を停め。もう、既に十一時に近い。
「空海。起きて。着いたよ」
いつの間にか寝ていた空海を大地先生は揺すり起こして、リュックを背負わせる。大地先生もショルダーバックを斜めにかけて大きなトートバックを持って車外へ。
「大地。カバン持つよ」
「ありがとう」
そんな光景を車内の窓から見ていたオレは、朝ごはんの入ったエコバックを座席に置きボディバックを手に取ってドアを閉める。
「ん?基。それ良いのか?」
助手席に置かれたエコバックを父さんは不思議そうな顔で見る。
「うん」
「お前ら早くしろよ!」
大地先生と並んで数歩先を歩く空海が怒声を上げる。
「基、行くか!」
「うん」
中に入った園内も予想通り人がごった返していて、どこもかしこも列ができていた。
「……だから、まずはこことここに行ってから、こっちに回ったほうがいいに決まってんだろ?」
相当下調べをしたのか、場内マップを指さしながらルートを指示していく空海は凄く楽しそうだ。このまま上手く話がまとまればいいんだけど。
「それだと真逆を行ったり来たりする事になるけど。空海、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。彰の方法だと、ただだらだら並んで一日終わるぞ」
「なるほどな~。よし!ここは空海に任せよう。それに疲れたら、俺がおんぶしてやる!」
「いらねぇよ!」
立てた親指を背中に向けて笑う父さんの脛を蹴って、空海は歩き出す。
「空海。一人で行かないで」
慌てて付いて行く大地先生と、それを微笑まし気に見ながら横に並ぶ父さん。
「とりあえず。空海が乗りたいもの回ったら、お昼休憩だな」
「そうだね。一旦、外に出ないといけないから……本当に移動だけで結構時間使うね」
「だな。空海。俺の背中はいつでも空いてるからな!」
「うるせぇ!」
この状況を周りにはどう映っているんだろう。まさか、子持ちのカップルが子連れデートしているとは思わないにしても。三人仲良く歩く姿は、真偽はどうあれ仲良く見えるし。そんな背中を見ながら黙って歩くオレは卑屈そうに見えてるんだろうか。
「でも、疲れたり気分悪くなったらすぐに言うんだよ?」
「大丈夫だって!」
「基くんもね」
「え?あ、はい……」
オレの存在なんて忘れられてるんじゃないかと思ってたけど、大地先生の一言で気持ちが楽になった。父さんは相変わらず空海に絡んでるけど。そう言うのが嫌われる原因なんじゃないだろうか。
お昼までの道のりは決して楽なものではなかった。その大半が、大地先生と父さんが道々に点在するお店の商品を見てははしゃいでいたから。
「ねえ。空海。これ買ってあげるから着けようよ」
わくわく、そわそわとした大地先生の手には耳付のカチューシャ。
「大地~!こっちのもなかなかいいぞ!」
手招きする父さんの前には、園内のキャラクターの顔が付いた帽子。棚にはキャップ状の物もあれば被り物のようなものまである。
「わぁ~。これも良いね。空海どれがいい?」
「着ける事、決定なのかよ。大地も着けるなら、着けてもい……」
「お、じゃ、みんなで被るか!」
「彰は混ざってくんな!」
そんな光景をオレは遠くで見つめながら、欲しくもないキーホルダーを手に取る。それは、別で売ってるチャームを合わせると一枚絵になるもので、ハートだったり、四角だったり。何種類かある。
「これ、かわいい~。対で着けようよ~」
「いいね~。でも、セットでも欲しいかも」
横で女の子たちがそう話す。友達同士。一人。カップル。そんな人達が付けるんだろう。古庄とこんなものを分けて付けるのも変だし、オレはそれを棚に戻して古庄が喜びそうなお土産を探す。
お菓子。は普通すぎるし。かと言っていかにもなキャラが描かれた物もなんか違う。そうやって店内をうろうろしていると、キャラクターのイメージカラーで出来たシャーペンが目に入った。一か所シルエットが描かれてるけど、このくらいなら気にならないし普段使い出来る。オレはそれを二本持ってレジに向かった。
「お~基。基もなんか買うのか?」
「うん」
「まとめて買うから、貸せ」
「いいよ。自分で買うから」
レジに例の帽子を乗せる父さんの横を通り過ぎ、オレは三番目に並ぶ。
「基、入り口のとこで待ってるからな」
「わかった」
会計を済ませて外に出ると、入り口の脇で恥ずかしそうに帽子をかぶる空海。そして、一番満喫しているのではないかと思われる父さんと大地先生。その父さんがオレの存在に気付き、買い物袋に手を入れながらこちらに向かってくる。
「基の分も買っておいてやったからな。みんなで被れば怖くない!」
そう言ってボスリッとオレの頭に帽子を被せてくる。
「よし、みんなで記念撮影しよう。基、こっちこい」
父さんに腕を引っ張られよろけた拍子にぶつかったオレを、大地先生は優しく受け止めふわりと笑う。
「ふふ。基くん。楽しいね」
その笑顔に眩暈がした。それからお腹が空いたと騒ぎ出した空海によって、お弁当を食べられる場所へと足を動かしたオレ達は、指定の場所でシートを敷き、父さんは持っていたトートバックからいくつもの容器が出てくる。
おにぎりはやっぱりアルミホイルで巻かれ、具が書いてある。大きな容器の中身は、唐揚げに、だし巻き卵、アスパラと人参を星形にくり抜いた炒め物。プチトマトとチーズは可愛い楊枝で止められてる。
「あ、タコさんウインナー……」
「基くんも、タコさん好き?僕も空海もウインナーはタコさんだよね。っていつも話してるんだよ」
嬉しそうに話す大地先生の顔を、本当なら朝見られたはずなのに。オレが作ったタコさんウインナーで笑顔になって貰えたかもしれないのに……。そう思うと気分が沈む。
「ちょっと作り過ぎちゃった気もするけど、たくさん食べてね」
「そうだぞ、基。遠慮するな!」
「んで、彰が言うんだよ!」
昼食は何事もなく進み、大地先生の料理はどれも美味しくて、初めて食べた大根餅に驚いた。大地先生にレシピを教えて貰い。他にも父さんが好きな料理を教えて貰った。今まで父さんの好きな物なんて気にした事もなく。なんとなく母さんが作ってくれてたものから始まって、スーパーで安売りしているもので献立を決めて。それに今では古庄の好きな物ほうが多い気がする。
なんだか大地先生は、オレなんかよりもずっと父さんの事を知ってる。
「どうした?ため息なんかついて」
無意識に出てしまったんだろう。隣に座っていた父さんが、オレの顔をのぞき込んでいた。
「え?ごめん。お腹いっぱいだなぁ。と思って」
「そうだな。ぼちぼち動くか」
「うん……」
園内に戻ると、イベントが始まるみたいで人が固まりで動き。スタッフの指示で流れは出来ているものの、それでもそれに逆らう者やその流れに合流しようと動く団体に挟まれ、オレは父さんたちを見失ってしまう。流される体を何とか外に引きずり出して辺りを見渡すも、やはり父さんたちの姿は見当たらない。
オレは一旦、人の流れから離れスマホで父さんに連絡を取る。すると父さんは構えていたようにすぐに電話にでた。
「父さん?今、どこ?」
「さっき帽子買った店の前だ。それよりも空海とはぐれてな」
「……それ、よりも……?」
「俺と大地はひとまず迷子センター行ってくるから、基は周辺を探してくれ」
どうしてなんだろう。何故かその言葉が妙に耳に残る。
「……基?聞こえてるか?もしもーし!」
「……ごめん。聞こえてる……空海、探してくるよ……」
「頼む」
そしてすぐに通話は切れ、ツーツーツーと聞こえる終話音を聞きながら、オレは立ち尽くしていた。
青ざめた大地先生の顔。そんな大地先生の肩を父さんは優しく抱き、人混みに消えていく。
徐々に大きくなる笑い声とBGMを聞きながら、オレはゆっくと足を動かした。
似たような背格好の子供は沢山いて。はしゃぎながら通り過ぎたかと思うと微かに足に当たったりする。そんな子供に苛立ちを感じながら、オレは足を動かし空海の姿を探す。
必死さなんて微塵もない。ただ、漠然と目と足を動かし、意識の中に流れる風景を追っているだけ。さっきから手のひらの中でスマホが振動してる。けど、出たくない。父さんの声を、今は聴きたくない。
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